TOP MESSAGE | 代表挨拶

国が自分に何をしてくれるかを問うのではなく、
国に対して自分に何ができるかを問いなさい。
ーJ・F・ケネディー

20代の頃、経営学を学んでいたアメリカで、この言葉に出逢いました。

当時は学生で、国や社会に貢献できる力はありませんでした。
しかし「国や社会から何かをしてもらうことに期待する人間ではなく、
国や社会に自分が何ができるかを考えて実行できる人間になりたい」と強く想うようになりました。

20代の後半になって、その想いを実現するべく、弊社ビジネスバンクグループ(*1)を立ち上げました。

 

「日本の開業率を10%に引き上げます!」

 

創業当初から、このミッションを掲げて、日本の劣悪な起業環境を変革/整備して、
起業しやすい社会、起業した経営者が活躍して尊敬されるような社会の実現を目指しました。

「ソーシャルベンチャー」という言葉や存在は、今でこそ浸透しましたが、
当時は、私たちのように「社会課題の解決を目的に会社を立ち上げる」というのは、とても珍しい存在でした。
今から約20年前、1997年のことです。

「なぜ起業に着目したのか?」というと、様々な理由もありますが、
一言で言えば、それが現代社会の「センターピンの一つ」(*2)だと考えたからです。

現代社会は、経済との関係なしには語れません。
そんな経済社会の中で、起業家は重大な意味を持っています。
それは、起業家が2つのものを創っているからです。

起業家が創っている2つのもの、それは

1)社会を便利にする「価値」
2)人の生活基盤となる「仕事」

の2つです。

「価値」と「仕事」は、社会に深い影響を与えます。
価値は、私たちの生活を、より便利で人間的なものにしていきますし、
仕事は、私たちの生活の基盤になります。

それらを生み出していく起業家の存在は、もっと増えるべきと思いましたし、
もっと尊敬されていいのではないかと考えるようになりました。

しかし、日本の現実は、その反対でした。
ロジカルには、その存在の重要性を理解されていたとしても、
起業家や経営者に対してネガティブな文脈が根強く存在していて
「起業家を生み出していくべき」という社会の力も弱かったのです。

私は、そこに強い問題意識を抱きました。
そんな強い想いを、当時お付き合いのあった経営者の方々にぶつけると、
ほとんどの経営者が賛同はしてくれました。

しかし、「そんなボランティアみたいなことをしても上手くいかないよ」
「国や行政がやるべき仕事なんじゃないの?」と言われて、
それを事業として起業することは、すべての先輩経営者から反対されました。

しかし、それでも、始めてしまいました。

なぜか?最も根源的な理由は「やってみたかったから」です。
自分の一回しかない人生を賭けてもいい社会的に意義のある仕事だと感じていたからです。

私たちは、人生という舞台から、いつか去る日が来ます。
そんな最後の日に「少しは社会の役に立つ仕事をしたな」と思って去りたかった。

だから、多くの先輩経営者から「失敗する」と言われようと、
何の経営資源もない本当のゼロからのスタートだとしても「挑戦してみよう」と決心しました。

不安が無かったわけではありません。
でも、そんな不安より「一生を賭けてもいい」と思える仕事に出会えた喜びと高揚が大きく、
不安を凌駕していました。

そして1996年10月頃から一人で準備を始め、
1997年2月7日に「日本の開業率を10%に引き上げます!」という
ミッションを旗に掲げて意気揚々と船出をしました。

それから20年。色々なことがあり、大変なことも多かったですが、
いつも、助けてくれたのは、このミッションだったなと感じています。
常にミッションに立ち返ることを忘れず、大切にしてきたからこそ、
何とか続けてこれたのだと考えています。

ミッションは、会社にとって、最も重要なものです。

これからもミッションを大切にして「社会の困りごとは何か?」と問い続けられる経営者であり、
「社会の困りごとを解決する」会社であり続けたいと思っています。

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(*1:当時は有限会社ビジネスバンクとして資本金300万でスタート)
(*2:センターピンはボーリングのヘッドピンのことで最も大切な要素を意味する)

2016年7月4日
株式会社 ビジネスバンクグループ
代表取締役 浜口 隆則

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