気候変動対策のカギとして注目を浴びているカーボンプライシング。脱炭素に向けてどのような影響があるのか、自社の業務や収益に影響があるのか、家計に負担がかかるのかと疑問を抱いている方も多いのではないでしょうか。

そこで、今回はカーボンプライシングが何かについて説明します。また、カーボンプライシングの目的や効果、導入事例、脱炭素に向けて企業が出来ることについて詳しく紹介しますので、ぜひ最後までご覧ください。

カーボンプライシングの概要

カーボンプライシングとは


カーボンプライシング(Carbon Pricing)とは、温室効果ガスの排出に対して経済的なコストを課す仕組みのことです。これにより、企業や個人が炭素排出量を削減するインセンティブを持つようになります。

地球温暖化の進行による気候変動や気象災害が年々深刻化している中で、企業や政府は脱炭素社会の実現に向けた温室効果ガスの削減とカーボンニュートラルへの取り組みに注目しています。

カーボンニュートラルへの取り組みの一つとして期待されている主要なカーボンプライシングの方法として、以下の三つがあります。

炭素税

炭素税は、二酸化炭素の排出量に対して一定の税金を課す方式です。炭素税により、企業や個人は排出量を減らすための対策を講じる動機を得ます。このシンプルなメカニズムは、炭素排出削減に直結しやすいとされています。
後ほど日本の事例で炭素税についてより詳しく解説します。

排出量取引

排出量取引制度(キャップ・アンド・トレード)は、政府が全体の排出量の上限(キャップ)を設定し、排出権を市場で取引する方式です。企業は自らの排出量を削減するか、他の企業から排出権を購入することで、決められた排出枠内に収める必要があります。この方式により、効率的に排出量削減が進むと期待されています。
後ほどテスラの事例で排出量取引についてより詳しく解説します。

クレジット取引

クレジット取引は、CO2削減の価値を証書化し、売買する仕組みです。日本では、非化石価値取引、Jクレジット制度、JCM(二国間クレジット制度)などが運用され、民間セクターでも活発に取引が行われています。これらのクレジットは、相対取引や市場取引を通じて価格が決定され、証券化された金融商品の取引と似た形態をとります。

目的と効果


カーボンプライシングの目的と効果はいくつかあります。

まず第一に、環境保護と気候変動対策が挙げられます。温室効果ガスの排出を抑えることで、気候変動の進行を遅らせ、自然環境を保護することができます。

また、経済的インセンティブの創出の効果も見込まれます。排出に対するコストを導入することで、企業や個人が炭素排出量を減らすための経済的動機を持つようになります。

さらに、技術革新とエネルギー効率の向上にも繋がります。カーボンプライシングにより、低炭素技術やエネルギー効率の高い技術の開発を期待することができます。

総じて、カーボンプライシングは環境保護と経済成長の両立を図るための有効な手段として評価されています。これにより、企業や個人はより持続可能な方法で活動するインセンティブを持ち、同時に技術革新が促進されることで、長期的には経済全体の効率性と競争力が向上します。

カーボンプライシングの導入事例

日本(地球温暖化対策のための税)

日本では、石油・天然ガス・石炭といったすべての化石燃料の利用に対し、環境負荷に応じて広く薄く公平に負担を求めるものとして「地球温暖化対策のための税」を導入しています。これはカーボンプライシングの手法の一つである炭素税にあたります。


具体的な仕組みとして、税負担が二酸化排出量1トン当たり289円に等しくなるよう、単位量当たりの税率を設定しています。

また、地球温暖化対策のための税による追加的な家計負担については、平均的な世帯で月100円程度、年1,200円程度と見込まれます。

税収の活用方法としては、リチウムイオン電池などの革新的な低炭素技術集約産業の国内立地の推進、中小企業等による省エネ設備導入の推進等の諸施策が行われることとされています。

参考:

テスラ(温暖化ガス排出枠の売却)

電気自動車専業メーカーとして有名なテスラは自動車を販売する方法以外に、温暖化ガスの排出枠を売却することで利益を挙げています。これはカーボンプライシングの手法の一つである排出量取引にあたります。

環境破壊を抑制するために、ガソリン車を作る企業に対して温暖化ガスの排出枠が設定されています。この排出枠を超えた生産を行えば、多大なペナルティが課せられます。創業以来、電気自動車を販売するテスラは温暖化ガス排出規制にかかる車がないため、車を一台生産する度に排出枠の余剰を生みます。

そこでテスラはライバル企業に排出枠を販売するという誰にも思いつかない方法で利益を上げています。

副産物取引

カーボンプライシング(排出量取引)は副産物取引というプライシング戦略の一種です。

副産物取引とは、製品の生産過程で生じる副産物を売買する取引です。これにより、企業は廃棄物を有効活用し、コスト削減や収益化を図ることができます。副産物は、別の製品の原料やエネルギー源として利用されることが多く、資源の効率的な利用を促進します。

カーボンプライシング(排出量取引)の場合、製品の採算過程で生じる温室効果ガスを売買しています。

副産物取引の例として、東京駅の空中権取引が挙げられます。
2012年にJR東日本が東京駅復元プロジェクトとして、東京駅の丸の内駅舎を完全リニューアルしました。その際の総工費約500億円を空中権取引で得た収益でまかないました。

東京駅は地上三階建ての低層構造により、上空部分の余剰な権利を丸の内の他のビルに販売することで、自社の利益を減らすことなくプロジェクトを完遂しました。

このように実際の顧客以外から利益をあげることは、とても有効な手段です。

その他プライシング戦略に興味のある方はこちらをご覧ください。

脱炭素に向けて企業ができること

気候変動問題が深刻化する中、企業は持続可能な未来を実現するために脱炭素経営に取り組むことが求められています。以下に、企業が脱炭素経営に取り組むべき理由、実際の例を紹介します。

企業が脱炭素経営に取り組むべき理由

エネルギー効率向上がコスト削減につながるため

脱炭素経営の第一の理由として、エネルギー効率の向上によるコスト削減が挙げられます。省エネルギー対策を講じることで、電力や燃料の使用量を減らし、運営コストを大幅に削減することが可能です。具体的には、古い設備を最新の省エネルギー機器に更新することや、プロセスの自動化によって無駄を排除することが効果的です。また、エネルギー管理システムの導入により、リアルタイムでエネルギー使用量を監視し、効率的な運用が可能になります。これにより、企業は経済的な利益を得ると同時に、環境負荷の軽減にも貢献できます。さらに、省エネルギー対策は、長期的な視点で見れば、エネルギー価格の変動に対するリスクを軽減し、安定した経営基盤を築く助けにもなります。

既存ビジネス継続・新規ビジネス獲得につながるため

脱炭素経営への取り組みは、既存ビジネスの継続と新規ビジネスの獲得にも繋がります。多くの顧客やパートナー企業は、環境に配慮した企業との取引を重視しています。そのため、脱炭素化に積極的に取り組む企業は、環境意識の高い顧客やパートナーから選ばれやすくなります。例えば、サプライチェーン全体での脱炭素化を推進する企業は、持続可能な調達を重視する顧客からの信頼を得やすくなります。また、持続可能な製品やサービスの開発は、新しい市場機会を創出し、企業の成長を促進します。具体的には、再生可能エネルギーを活用した製品の開発や、循環型経済を推進するためのリサイクルシステムの構築などが考えられます。これにより、企業は市場での競争力を強化し、長期的なビジネスの持続可能性を確保することができます。

投資家や株主からの評価・企業価値の向上につながるため

投資家や株主からの評価を高めることも、脱炭素経営に取り組む重要な理由です。ESG(環境・社会・ガバナンス)投資が注目される中で、環境への配慮が企業評価の重要な指標となっています。脱炭素化の取り組みを行うことで、企業の透明性や持続可能性が評価され、投資家や株主からの信頼を得ることができます。具体的には、温室効果ガス排出量の削減目標を設定し、その進捗状況を定期的に報告することで、企業の責任ある経営姿勢を示すことができます。さらに、脱炭素化への取り組みは、企業のブランドイメージを向上させ、消費者からの支持を得る手助けとなります。これにより、企業価値が向上し、長期的な経済的安定を実現できます。また、環境に配慮した企業は、政府や規制当局からの支援を受けやすくなり、補助金や税制優遇措置を享受することができる場合もあります。

脱炭素経営に取り組み企業例:花王

花王株式会社は、日本を代表する化学・化粧品メーカーであり、長年にわたり環境保護と持続可能な経営に注力してきました。1907年に創業され、以降、消費者の生活を豊かにする製品を提供し続けています。環境保護への取り組みもその一環として行われており、2009年には「花王環境宣言」を発表しました。この宣言では、製品ライフサイクル全体にわたるCO2排出量および水使用量の削減目標を公表しました。同社の取り組みは、他の企業にとっても模範となるのではないでしょうか。

原材料調達段階

花王は、製品のコンパクト化、容器の軽量化、詰替え製品の導入による材料節減に努めています。2023年も原材料の削減や再生プラスチックの利用を進め、包装容器の6%に再生プラスチックを導入しました。これにより、原材料調達段階での環境負荷を大幅に削減しています。

サプライチェーン全体での取り組み

花王は、環境活動「いっしょに eco」の一環として、サプライヤーとの協働を重視しています。取引の大きいサプライヤーに対して、CDPサプライチェーンプログラムの「気候変動」「フォレスト」「水セキュリティ」への回答を依頼し、評価結果をフィードバックすることで、サプライチェーン全体で環境負荷を減らす取り組みを共有し、脱炭素の推進を支援しています。

製造段階

製造段階では、工場や事業場での省エネ対策を積極的に実施しています。2023年には、省エネルギー生産設備や脱炭素技術の導入を進め、電力の再生可能エネルギー化を推進しました。7月には、スペインの工場にバイオマスを熱利用するプラントを建設し、工場からのCO2排出量の95%削減を目指しています。さらに、社内炭素価格制度を活用し、和歌山工場の温水ヒートポンプやタイの太陽光発電設備の導入を進めました。

使用段階

花王は、消費者が使用する段階でも環境負荷を軽減する製品を開発・提供しています。例えば、1回のすすぎで済む衣料用濃縮液体洗剤「アタック ZERO」や、すすぎ時にすばやく泡切れする食器用洗剤「キュキュット」を展開し、水の使用によるCO2排出を抑えています。

廃棄・リサイクル段階

廃棄・リサイクル段階では、包装容器のプラスチック使用量削減の取り組みを展開しています。2023年5月には、回収した使用済みつめかえパックを一部使用した「リサイクルつめかえパック」を製品化しました。また、2023年8月に発売した「アタック ZERO パーフェクトスティック」では、固いプラスチックの本体容器を使用せず、パウチ包装を採用することでプラスチック使用量を削減しています。さらに、9月には食器用洗剤「キュキュット」で、ボトルの肉厚を薄くすることでプラスチック使用量を従来と比べて約40%削減したボトルタイプのつめかえ容器を発売しました。

花王の脱炭素経営への取り組みは、製品ライフサイクル全体にわたる包括的なアプローチであり、他の企業にとっても非常に参考になります。原材料調達から製造、使用、廃棄までの各段階で環境負荷を減らす努力を続けることで、持続可能な社会の実現に貢献しています。花王の事例から学び、他の企業も同様の取り組みを進めることで、脱炭素化の目標達成に向けた一歩を踏み出すことができるでしょう。

参考:

脱炭素経営は、企業にとって単なる環境対策に留まらず、経済的な利益やビジネスチャンスの拡大、投資家や株主からの評価向上など、さまざまなメリットをもたらします。エネルギー効率の向上、持続可能なビジネスモデルの構築、透明性の高い情報公開を通じて、企業は持続可能な未来に向けた一歩を踏み出すことができます。これらの取り組みを進めることで、企業は社会的責任を果たし、長期的な成長を実現することができるでしょう。

まとめ

◆カーボンプライシングは温室効果ガスの排出に対して経済的なコストを課す仕組み

温室効果ガスの排出削減を促進し、持続可能な社会の実現に向けた重要な政策ツール

炭素税排出量取引といった具体的な手法を通じて、環境保護、経済的インセンティブの創出、技術革新とエネルギー効率の向上を実現することが可能

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【ライター】
酒井 颯馬
株式会社ビジネスバンク
Entrepreneur事業部 事業責任者

早稲田大学商学部にて経営学を専攻する井上達彦研究室に所属。「起業家精神とビジネスモデル」を研究テーマに、経営理論を学ぶと同時に研究対象におけるビジネスモデルの研究やそれにまつわる論文の執筆に励んでいる。
社長の学校「プレジデントアカデミー」のHPに掲載するブログの執筆、起業の魅力と現実を伝えるインタビューサイト「the Entrepreneur」にて起業家インタビューを行い記事を執筆している。

【監修】
黒田 訓英
株式会社 ビジネスバンク 取締役
早稲田大学 商学部 講師
中小企業診断士

早稲田大学商学部の講師として「ビジネス・アイデア・デザイン」「起業の技術」「実践起業インターンREAL」の授業にて教鞭を執っている。社長の学校「プレジデントアカデミー」の講師・コンサルタントとして、毎週配信の経営のヒント動画に登壇。新サービス開発にも従事。経営体験型ボードゲーム研修「マネジメントゲーム」で戦略会計・財務基礎を伝えるマネジメント・カレッジ講師でもある。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。日本ディープラーニング協会認定AIジェネラリスト・AIエンジニア資格保有者。経済産業大臣登録 中小企業診断士。