自社の存在意義や価値観を一言で言えますか――

こう問われて、明確に答えられる中小企業経営者はどれほどいるでしょうか。

日々の売上や目先の業務に追われる中、「理念なんて大企業のもの、自分たちには関係ない」と思ってはいないでしょうか。しかし、実は社員数が少ない会社こそ全員のベクトルを揃えるために理念が重要です。


本記事では、中小企業の経営者に向けて「企業理念」と「経営理念」の違いを解説し、理念経営の第一歩を踏み出すお手伝いをします。

本記事の後半では、中小企業においてなぜ「理念」が重要とされるのかを徹底解説していくので、是非最後までご覧ください。

(1)示す内容・範囲の違い

企業理念:【存在意義・使命】

企業の存在意義や使命を示す。何のために企業が存在し、社会にどんな価値を提供するのかといった根源的な目的・価値観を明文化する。

経営理念:【基本方針・考え方】

経営の基本方針・考え方を示す。事業運営上で何を重視するか、どんな姿勢で会社を導くかといった実践的な経営方針を明文化する。

(2)対象(向き先)の違い

経営理念:社外向け

社外にも向けて発信される理念。企業の存在価値を社外ステークホルダー(顧客、取引先、地域社会、求職者など)に示し、共感や信頼を得る役割が強い。もちろん社内にも共有されるが、本質的には「世の中に対する約束事」。

経営理念:社内向け

主に社内向けに共有される理念。社員全員で共有すべき判断基準・行動指針であり、社内文化や従業員のマインドセットに影響を与える。対外的には積極的に出さず、社内文書や朝礼で掲げるだけの場合も多い。

(3)変化のしやすさ(普遍性)の違い

企業理念:不変の存在

不変であることが多い。創業者が定めた理念をそのまま受け継ぐ企業も多く、時代が変わっても基本的に変更しない前提。よほどのこと(例:経営統合や社名変更など)が無い限り、企業の軸として据え続ける。

経営理念:必要に応じて見直す存在

必要に応じて見直すこともある。現経営者の哲学に基づくため、トップ交代時や事業環境の変化時に変更・修正される場合がある。創業者の時代と現代で合わなくなった部分をアップデートしたり、新社長が自分の言葉で再策定するケースも存在する。

経営者として「経営理念」以外にも押さえておくべき言葉の定義があります。「経営とは何か?」について詳しくは下記をご覧ください。

2.企業理念と経営理念とは何か? ~サントリーの事例とともに~

ここまでで、企業理念と経営理念の大枠の違いを理解することができたのではないでしょうか?それではここからはサントリーの事例をもとに、実際の企業の理念を見ながら理解を深めていきましょう!

鳥井信治郎

サントリー創業者~鳥井信治郎

企業理念とは~企業の存在意義を示すもの~

企業理念とは簡単に言えば、「自社は何のために存在しているのか」を明文化したものです。例えば「世界中に笑顔を届ける」「地域の発展に貢献する」といった言葉で表現されることが多く、創業者の想いが色濃く反映されるケースが一般的です。企業理念は企業の存在意義(Purpose)とも言い換えられ、社外に対して「我が社は何のためにあるのか」を示す役割を持ちます。

私たちの目的 Our Purpose

人と自然と響き合い、

豊かな生活文化を創造し、

「人間の生命の輝き」を目指す。

公式サイト)より作成

時代が移ろうとも「創業以来の信念」として据え続ける企業が多いのです企業の魂とも言える存在なので、簡単に書き換えてしまうと社内外の信頼を損ねかねません。企業理念は企業の最上位概念の理念であり、他の方針や戦略の土台となるもの、と考えてください。


経営理念とは何か?~経営の方針・価値観を示すもの~

次に経営理念についてです。経営理念とは、「会社を経営する上での基本的な考え方や方針」を明文化したものです。言い換えれば、経営トップ(社長や経営陣)の信念・価値観に基づき、企業活動全般の指針を示すものとなります。内容としては「どのような経営を行っていくか」「何を大切に経営判断するか」という経営姿勢が中心です。

公式サイト)より作成

大きな特徴は、企業理念に比べて具体的・実践的であることです。企業理念が抽象度の高い「存在意義」なのに対し、経営理念は経営の手段や方針といったより現場に近いレベルの考え方を含みます。社是や社訓、クレド(信条)など、日々の行動規範に落とし込まれやすい言葉も経営理念の一部と言えるでしょう。

3.“理念経営”のメリット:理念が会社にもたらす良い効果

ここまで読んで、「企業理念と経営理念の違い」について理解していただけたでしょうか?でもただ違いを理解するだけではだめなんです。もっといえば、中小企業の経営において、この違いは重要視しなく良いのです。それよりも重要なのは、「理念」というものを軸に、経営が行われているか否かのほうが重要なのです。理念は掲げるだけでなく、活用して、機能することで初めて意味があるのです。それではここからは理念を軸に経営すること「理念経営」によって得られる主なメリットについて整理していきます。

社員の判断基準が明確になる

経営理念や企業理念が社内に浸透すると、社員一人ひとりが共通の価値観・判断基準を持つようになります。その結果、現場で迷ったとき「うちの理念に照らせばどちらを選ぶべきか?」と考え、素早く正しい意思決定ができるようになります。

社員の一体感・モチベーションの向上

共通の理念を共有することは、社員同士の精神的な一体感を生み出します。自分たちは同じ志を持つ仲間なんだという意識が芽生え、チームワークが強化されます。具体的には、朝礼で理念を唱和したり、社内報で理念体現エピソードを紹介したりする中で、「良い会社を作ろう」という連帯感が育まれます。結果として社員のモチベーションが上がり、定着率も向上する傾向があります。これは小さな組織ほど顕著に現れるでしょう。

企業ブランディング・信頼向上

社外へのメッセージ効果も見逃せません。明確な企業理念を掲げ、それに沿ったブレない経営をしている会社は、取引先や顧客からの信頼を得やすくなります。例えば「環境保護」を理念に掲げる会社が、本当に環境に配慮した商品づくりを徹底していれば、顧客から「この会社は筋が通っている」と評価されます。こうしたブランドイメージの向上は売上アップにもつながりますし、採用活動でも共感する人材が集まりやすくなります。

人材採用・定着への効果

若手人材を採用・育成する上でも理念は強力な武器になります。理念に共感して入社した社員は、多少困難があっても「この会社で働きたい」という軸があるため離職しにくいと言われます。また、採用面接で企業理念を語ることは、会社の価値観を示すフィルターにもなります。理念に響かない応募者は入社を辞退するかもしれませんが、それはミスマッチを減らすことにつながります。反対に理念に強く共感する人が入社すれば、戦力になる可能性が高いです。

以上、メリットを並べましたが、要するに理念は「経営の土台」になり得るということです。軸がしっかりすればブレない、チームの和が生まれる、社外から信頼されるようになるのです。

「理念を軸に経営すること」以外にも、成功する社長には共通する特徴があります。詳しくは下記をご覧ください。

4.理念を生かすには?~策定から浸透までのヒント~

「よし、理念を作ってみよう!」と思い立ったとしても、具体的に何をすればいいのでしょうか。この章では、中小企業が今日からできる理念策定・活用の初歩ステップを提案します。専門的なフレームワークに踏み込む前の、手軽に始められるポイントです。

1.自社の存在理由を書き出してみる

うちの会社は何のために存在しているのか?」と自問してみてください。思いつくことを箇条書きで構いません。経営者一人で考えても良いですが、可能であれば幹部社員や創業メンバーと一緒にブレインストーミングすると、多面的な視点が出てきます。このプロセス自体が、自社の強みや大切にしてきた価値観を再認識するきっかけになります。

2.創業の原点・転機を振り返る

創業者がいる場合は創業時の思い出話を聞くのも有効です。「なぜこの事業を始めたのか?」「苦労を乗り越えられた信念は?」といった問いから理念のヒントが得られます。また、長年経営してきた方なら会社の危機や大きな成功を振り返ってください。その局面で何を軸に判断したかが、あなたの経営理念の核になっているはずです。

.言葉はシンプルに・覚えやすく

いざ言語化する際は、できるだけ短くシンプルな言葉にまとめましょう。欲張ってあれこれ盛り込みすぎると誰も覚えられません。理想は一文もしくは箇条書き3つ以内に収めることです。難解な言葉より、小学生でも分かる平易な表現にするのがポイントです。

4.日常で使う工夫をする

理念は作って掲げただけでは絵に描いた餅。日々の経営に組み込んでこそ価値があります。簡単にできることとして、朝礼で理念を唱和する、会議室の壁に額装して掲示する、社員の名刺や社内メール署名欄に理念を印刷する等があります。

以上、駆け足ですが理念策定から浸透までの初歩を紹介しました。ポイントは難しく考えすぎず、まず自社の軸となる想いを言葉にしてみることです。その上で、社内外に宣言し、日々繰り返し使う。これだけで半年、一年と経つうちに会社の雰囲気や意思決定の質が少しずつ変わっていくはずです。

5. あなたの会社の軸を言葉にしてみませんか

大企業だけでなく、中小企業にも理念という「軸」が求められる時代です。変化の激しい環境だからこそ、ブレない軸がある企業は強い。そしてその軸は経営者であるあなた自身の信念から生まれます。「大切なのは、社員と共有できるシンプルで力強い言葉を持つことです。
さっそく今日から、社内で「我が社の存在意義って何だろう?」と問いかけてみてください。きっと社員からも様々な声が出てきます。それらを束ねて一つの理念が生まれたとき、会社は今までとは違う景色が見えてくるはずです。

社員とともに作る理念が、貴社の明日を照らす羅針盤となることを願っています。

黒田訓英

監修 / 黒田訓英

株式会社ビジネスバンク 取締役

早稲田大学 商学部 講師

経済産業大臣登録 中小企業診断士

日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)

日本証券アナリスト協会認定CMA

日本ディープラーニング協会認定 AIジェネラリスト/AIエンジニア

JDLA認定AIジェネラリスト/AIエンジニア

ライター / 島田 航汰

株式会社ビジネスバンク プレジデントアカデミー編集部

株式会社ビジネスバンク
プレジデントアカデミー編集部

起業家インタビューEntrepreneur事業部 事業責任者

起業家インタビューEntrepreneur事業部
事業責任者

早稲田大学 商学部 井上達彦 研究室