「売上は伸びているのに、なぜか忙しさは増すばかりだ……」
「社員は増えたが、結局、重要な判断はすべて自分がやっている気がする」

創業から走り続け、組織がある程度の規模になったとき、多くの社長がこの壁に直面します。

世の中には「経営者の仕事」に関する情報が溢れています。
「資金繰りだ」「ビジョンだ」「人材育成だ」と、やるべきことは無限にあるように思えます。
しかし、これらを一つひとつモグラ叩きのようにこなすだけでは、経営者はいつまでたっても現場から抜け出せません。

本記事では、多岐にわたる経営者の業務を「3つの要素」に体系化し、現在のあなたの業務バランスを診断します。
そして、なぜ多くの優秀な社長が、知らぬ間に「部分最適」の罠に陥ってしまうのか、その構造的理由と脱却への道筋を解き明かします。

診断に入る前に、まず「経営者の仕事」の定義を明確にしておきましょう。
一言で表すと、それは「10年後に会社が存続する理由を、今つくること」です。

具体的には、大きく2つの役割があります。

  1. 今を守る仕事(深化):
    既存事業を磨き、収益を維持する(仕組み化で他者に任せられる領域)
  2. 未来を創る仕事(探索):
    新しい価値を生み出し、会社の舵を切る(経営者にしかできない領域)

この2つを両立させるために、経営とは「理念(Soul)」を宿し、「戦略(Brain)」を設計し、「資源(Body)」を活用する活動であると言えます。

以下のリストは、これら3つの要素に基づき、経営者がカバーすべき業務を網羅的に整理したものです。それぞれの質問に対し、「自信を持ってイエス」と言えるものにチェックを入れてください。

経営者の仕事 診断

「理念・戦略・資源」。
経営者が担うべき3つの要素・12の仕事をチェックします。

■ 要素①:【理念】企業の「人格」と「意志」を決める (Philosophy)
理念

1. ビジョン・理念の策定

理論:マネジメント論(P.F.ドラッカー)
「マネジメントの第一の役割は、組織の目的と使命を特定することである」

Q. 「我々は何のために存在し、3年後どこへ向かうのか」という物語を、社員全員が自分の言葉で語れるレベルまで浸透させていますか?

理念

2. 文化醸成(カルチャー)

理論:組織文化とリーダーシップ(エドガー・シャイン)
「リーダーの唯一にして最大の仕事は、文化を創ることである」

Q. 社長が不在の会議や現場であっても、社員たちは会社の価値観(バリュー)に沿った行動や判断ができていますか?

理念

3. 最終決断と責任

理論:組織の成立要件(チェスター・バーナード)
「リーダーシップとは、個人的な責任において、道徳的な規範を創造することである」

Q. 正解のない困難な局面において、現場に判断を委ねず、「全責任は私が取る」と明言して即決していますか?

■ 要素②:【戦略】攻めと守りの「設計図」を描く (Strategy)
戦略(攻)

4. 経営計画・戦略の立案

理論:競争の戦略(マイケル・ポーター)
「戦略とは、何をやらないかを決めることである」

Q. 市場環境分析に基づき、「何をして、何をしないか(捨てるか)」という具体的な勝ち筋を描いていますか?

戦略(攻)

5. 顧客創造(マーケティング)

理論:顧客の創造(P.F.ドラッカー)
「企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することである」

Q. 既存客への対応(セールス)だけでなく、まだ見ぬ「未来の顧客」を集める仕組みや、市場を開拓する活動に時間を割いていますか?

戦略(攻)

6. 外部連携(イノベーション)

理論:新結合(ヨーゼフ・シュンペーター)
「イノベーションとは、既存の知と知の新しい組み合わせ(新結合)である」

Q. 自社のリソース(ヒト・モノ・カネ)のみに固執せず、外部パートナーや異業種と連携し、新しい価値を生み出していますか?

戦略(守)

7. 仕組み化(ビジネスモデル)

理論:E-Myth 起業家の神話(マイケル・E・ガーバー)
「システムがビジネスを運営し、人がシステムを運営する」

Q. 特定の「スーパーマン(または社長)」に依存せず、普通の社員でも一定の成果が出せるような「再現性のあるシステム(マニュアル・フロー)」を設計していますか?

戦略(守)

8. リスク管理(生存戦略)

理論:反脆弱性(ナシーム・タレブ)/ハインリッヒの法則
「1つの重大事故の背後には、29の軽微な事故と300のヒヤリハットがある」

Q. 法務リスクや労務トラブルなど、企業の存続を揺るがす致命的なリスクを予見し、未然に防ぐ手を打っていますか?

■ 要素③:【資源】実行するための「武器」と「体」を作る (Resources)
資源

9. 環境整備・適材適所(ヒト)

理論:ビジョナリー・カンパニー(ジム・コリンズ)
「誰をバスに乗せるか。偉大な企業は、戦略の前に人を決める」

Q. 自分(社長)のコピーを作るのではなく、自分とは異なる強みや才能を持つ人材を歓迎し、彼らが活躍できるポジションを与えていますか?

資源

10. 動機付け(ヒト)

理論:二要因理論(フレデリック・ハーズバーグ)
「真の動機づけは、仕事そのものの中にある達成感や責任感から生まれる」

Q. 給与や待遇だけでなく、仕事に取り組む「意義」や「成長実感」を提示し、社員の内なるやる気に火をつけていますか?

資源

11. 資金管理(カネ)

理論:キャッシュフロー経営(稲盛和夫『実学』)
「土俵の真ん中で相撲をとる(余裕があるうちに資金の手当てをする)」

Q. PL(損益)だけでなくBS(資産)とCF(キャッシュフロー)を常に把握し、半年先までの資金繰りに懸念がない状態を作っていますか?

資源

12. 自己変革(社長自身の能力)

理論:学習する組織(ピーター・センゲ)
「唯一の持続可能な競争優位は、競合他社よりも速く学ぶ能力である」

Q. 社長自身の能力こそが最大の経営資源であると認識し、業界の常識に囚われないよう、異分野の学習やアップデートを続けていますか?

1-1. 診断結果:あなたの経営における「伸びしろ」はどこ?

チェックがつかなかった(イエスと言えなかった)項目が多いカテゴリーを確認してください。そこが、あなたの会社が次のステージへ進むための「ボトルネック」であり、同時に最大の「伸びしろ」です。

【要素①:理念(Soul)】が弱かった方へ

「羅針盤のない船」になっている可能性があります。 現場は優秀に動いていますが、「どこへ向かうか」が曖昧なため、遠心力が働いて組織がバラバラになる寸前かもしれません。「忙しいから」と後回しにせず、PCを閉じ、日常業務から離れて「目的地(Why)」を決める時間を確保してください。

【要素②:戦略(Brain)】が弱かった方へ

「戦術の勝利、戦略の敗北」に陥るリスクがあります。 日々の戦闘(営業や製造)には勝っていますが、長期的な戦争(市場での生存競争)には負ける可能性があります。「頑張れば売れる」という精神論を捨て、仕組みやマーケティングという「勝つための設計図」を描き直す必要があります。

【要素③:資源(Body)】が弱かった方へ

「エンジンの出力不足・ガス欠」の恐れがあります。 素晴らしいビジョンや戦略があっても、それを実行する手足(人・カネ)が追いついていません。「自分がやった方が早い」という思考を手放し、人の可能性を信じて任せる勇気を持つこと、そして地道な財務基盤の強化が急務です。

1-2. チェックが少ない=「部分最適」のサイン

チェックがつかなかった項目が多い場合、あなたの経営は「部分最適」に陥っている可能性があります。

現場の個別の仕事(営業や製造)は回っていても、会社全体としての方向性が定まっていなかったり、成長の土台が崩れかけていたりする状態です。特に「理念」や「戦略」の項目が弱い場合、今は良くても将来的に行き詰まるリスクが高いと言えます。

なぜ、優秀な社長であるあなたが、このような状態に陥ってしまうのでしょうか?

経営の「全体最適」について、詳しくは下記もご覧ください。

2.なぜ、本来やるべき「全体最適」が後回しになるのか?

「重要性は頭ではわかっている。でも、現場が忙しくてできないんだ」

多くの社長がそう感じます。しかし、それはあなたの能力不足ではありません。

会社のフェーズが変化したにも関わらず、かつての成功パターンから抜け出せていない「構造的な認識ズレ」が原因です。

2-1. 企業の成長と共に「正解(全体最適)」は逆転する

抽象的な話になりますが、「何が全体最適か」は、会社の規模によって180度変わります。

  • 創業期(過去): 社長個人の馬力がそのまま会社の成果でした。社長が現場で誰よりも働き、全てのボールを拾うことこそが「全体最適」でした。
  • 成長期(現在): 組織というシステムで成果を出すフェーズです。ここで社長が現場に入り込みすぎることは、部下の成長機会を奪い、仕組み化を遅らせる「部分最適」な行動になってしまいます。

例えば、社長がクレーム処理をして「さすが社長!」と感謝されているとき、裏側では「仕組みが作られず再発する」「未来の事業を考える時間が失われる」という大きな損失が生まれています。
「創業期の正解」が、今のフェーズでは「間違い」になっていることに気づく必要があります。

2-2. 「緊急度」で判断すると「社長の仕事」は見えなくなる

もう一つの大きな原因は、仕事の優先順位を「緊急度」で判断してしまっていることです。

ここには重大な落とし穴があります。
「経営者にしかできない仕事(未来を創る仕事)」は、総じて緊急度が低いのです。

  • ビジョンを語らなくても、今日の売上は下がりません。
  • マニュアルを作らなくても、自分が動けば現場は回ります。

緊急度で判断する限り、理念や戦略といった仕事は永遠に後回しにされます。そして、誰にでもできる「緊急度の高い現場仕事」ばかりに時間を奪われてしまいます。

本来、経営者がなすべきは「経営者にしかできない仕事(Soul/Brain)」を判別し、そこに命を使うことです。
短期的な利益や「やった感」を追うプレイングマネージャー的な思考を手放し、「未来を見据える」という本来の役割に立ち返らなければなりません。

社長にしかできない仕事」について、網羅的に把握したい方は下記もご覧ください。

3. どうすれば「経営者の仕事」に専念できるのか?

では、どうすればプレイングマネージャーを卒業し、経営者にしかできない仕事(全体最適)に集中できるのでしょうか。

答えは「仕組み化」と「権限移譲」です。

以下の3ステップで、現場を手放し、空いた手を未来へ伸ばすプロセスを進めていきましょう。

ステップ1:業務の「棚卸し」と「仕分け」

まず、現在あなたが抱えている業務をすべて書き出し、以下の2つに冷静に仕分けてください。

  1. 経営者にしかできない仕事(未来・全体最適): 理念策定、戦略決定、アライアンス、最終決断など。(診断の要素①・②が中心)
  2. 経営者以外でもできる仕事(今・部分最適): ルーチン業務、トラブル対応、日常的な管理など。(診断の要素③の実行部分)

多くの社長は「2」を「1」だと思い込んで抱え込んでいます。しかし、手順さえ明確になれば、社員でも80点は取れる仕事が大半なはずです。

ステップ2:暗黙知の「形式知化」(マニュアル化)

仕分けた「2(経営者以外でもできる仕事)」について、あなたの頭の中にある「カン・コツ(暗黙知)」を、他人が使える形(形式知)に変換します。

  • 動画・音声で残す: 綺麗なドキュメントを作る必要はありません。あなたの営業トークを録音したり、作業手順をスマホで動画撮影するだけで十分なマニュアルになります。
  • 判断基準を明文化する: 「こういう時はA、こういう時はB」という、あなたの脳内にある分岐ルールを書き出します。

これにより、「社長の背中を見て盗め」という職人芸の世界から、「誰がやっても一定の成果が出る」仕組みの世界へと移行します。これが、あなたが現場を離れるための「切符」になります。

ステップ3:未来への時間を「先取り」する

ここが最も重要です。
仕組み化で空いた時間は、決して「暇」になるわけではありません。その時間を、1章で診断した「不足している領域(特に理念や戦略)」に投資します。

  • 「社長室にこもる時間」を天引きする: 週に半日でも構いません。「未来のこと以外は考えない時間」としてスケジュールをブロックしてください。PCを閉じ、ノートとペンだけで3年後の構想を練ります。
  • 社外に出て「異質な情報」に触れる: 業界の会合に出る、異業種の経営者と会うなど。現場にいては入ってこない新しい情報や風を仕入れ、会社に持ち帰るのがトップの役目です。

会社の未来を創る源泉は、経営者が学び続けることにあります。詳しくは下記もご覧ください。

まとめ

経営者の仕事とは、「今を守る(仕組み化)」仕事を手放し、「未来を創る(構想)」仕事に命を燃やすことです。

第1章のチェックリストで、自分に足りない要素が見えたなら、それは大きなチャンスです。
部分最適に陥っていたことに気づけた今こそが、あなたが「現場のリーダー」から「真の経営者」へと進化する最大の好機です。

今日から一つずつ、手放し、そして新しい種をまいていきましょう。
その一歩が、10年後の会社の未来を決定づけるのです。

黒田訓英

監修 / 黒田訓英

株式会社ビジネスバンク 取締役

早稲田大学 商学部 講師

経済産業大臣登録 中小企業診断士

日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)

日本証券アナリスト協会認定CMA

日本ディープラーニング協会認定 AIジェネラリスト/AIエンジニア

JDLA認定AIジェネラリスト/AIエンジニア

ライター / 保坂 太陽

株式会社ビジネスバンク プレジデントアカデミー編集部

株式会社ビジネスバンク
プレジデントアカデミー編集部

起業家インタビューEntrepreneur事業部 事業責任者

起業家インタビューEntrepreneur事業部
事業責任者

早稲田大学 商学部 井上達彦 研究室