近年、物価高や円安の影響で製品やサービスの価格を気にする人が増えたのではないでしょうか?
企業は多様なアプローチで、価格設定を行っています。プライシング戦略には、メリット・デメリットも様々です。
そこで本記事では、プライシング戦略の基本から、アプローチ方法・メリット・デメリット、具体的な事例まで、プライシング戦略について網羅的に解説いたします。
プライシング戦略の概要
プライシング戦略とは、企業が製品やサービスの価格を決定する戦略です。
価格は顧客の購買意欲や企業の収益に直結する重要な要素であり、適切なプライシング戦略は企業の成功に不可欠です。
プライシング戦略は、
・競合状況
・顧客のニーズ
・製品やサービスの付加価値
・市場の需要と供給のバランス
など多くの要素に基づいて設計されます。
プライシング戦略の目的
プライシングを行う目的としては、主に以下の点が挙げられます。
・売上・利益の増加のため
・製品・サービス価格の安定化のため
・市場シェアの維持・拡大のため
・競合への対抗のため
売上・利益の増加のため
価格設定は企業の収益性に直結します。適切な価格戦略を立てることで、売上と利益を増加させることが可能です。高い価格設定は収益を高める一方、低価格戦略は顧客獲得や市場浸透を促進し、売上を増加させる効果があります。
製品・サービス価格の安定化のため
安定した価格設定は顧客の信頼を築き、ブランド価値を維持します。価格変動が激しい場合、顧客の混乱や不信感を招く可能性があります。適切な価格の安定化は企業の安定性を高め、競争力を強化します。
市場シェアの維持・拡大のため
適切な価格設定は市場での競争力を確保し、市場シェアの維持や拡大に寄与します。競合他社よりも競争力のある価格戦略を展開することで、顧客の獲得や競合排除を図ることができます。
競合への対抗のため
競争が激しい市場では、競合他社の価格戦略に対抗することが重要です。適切な価格設定によって、競合他社の価格変動に対応し、市場での地位を守り、競争力を維持することができます。
これらの目的を達成するために、企業は市場環境や顧客のニーズを十分に分析し、適切なプライシング戦略を策定する必要があります。
次に、適切なプライシング戦略の策定のためのアプローチと具体例を紹介します。
価格設定における4つのアプローチと具体例
価格設定におけるアプローチとして、主に以下の4つが挙げられます。
・コストベースのアプローチ
・需要ベースのアプローチ
・競争ベースのアプローチ
・顧客価値ベースのアプローチ
コストベースのアプローチ
コストベースのアプローチは、製品やサービスの価格設定を企業のコストに基づいて行う戦略です。以下では、その具体的な手法と長所、短所、および具体的な事例について解説します。
目標利益マーキングアップ
企業の目標利益率を明確に設定する手法です。収益目標を達成することが可能であり、利益を最大化することができます。
一方で、競合他社の価格戦略や市場の需要とのバランスを欠くことがあります。利益率のみを考慮するため、顧客のニーズや競争状況に応じた柔軟性が低いと言えます。
実際に目標利益マーキングアップが用いられたことのある事例には、以下があります。
・ウォルマートは、各商品に目標利益率を設定し、それに基づいて価格を決定しています。これにより、利益を最大化しつつ、競合他社との価格競争に対応しています。
・マイクロソフト は、新製品の開発にかかるコストを考慮して価格設定を行い、目標利益を確保しています。これにより、開発投資の回収と利益の獲得を両立させています。
コストプラスマーキング
コストに一定のマージンを加える手法です。生産コストの変動に対応しやすい一方で、市場の競争力や顧客の価値感に沿っていない場合、価格競争に不利になることがあるというデメリットもあります。
実際にコストプラスマーキングが用いられたことのある事例には、以下があります。
・ソニーは、各製品の生産コストに一定のマージンを加えて価格を設定しています。これにより、利益を確保しつつ、製品の品質やブランド価値を維持しています。
・JTBは、ツアー商品の価格に一定の利益を加えて販売しています。これにより、旅行代金に含まれるサービスやアクティビティの提供を確保しつつ、収益を確保しています。
コストリーダーシップ
生産にかかる原価を徹底的に抑えて利益を確保する手法です。競合他社よりも低い価格で提供することで、市場での競争力向上が期待できます。一方で、過度な原価削減が品質やブランド価値の低下につながる可能性があることや、長期的な利益を犠牲にすることがあります。
実際にコストリーダーシップが用いられたことのある事例には、以下があります。
・ウォルマートは、大量仕入れや効率的な物流システムを活用し、製品の原価を徹底的に抑えています。また、自社ブランドの商品を積極的に展開し、製造コストを最小限に抑えることで、低価格を実現しています。これにより、同社は低価格で多様な商品を提供し、市場での競争力を強化しています
・スピリット航空(格安航空会社)は、短距離路線を中心に運航し、手荷物や飲食物の追加料金を徹底的に削減しています。これにより、同社は低価格で航空旅行を提供し、多くの顧客に利用されています。
需要ベースのアプローチ
需要ベースのアプローチは、顧客の需要や市場状況に基づいて価格を設定する戦略です。以下では、その具体的な手法と長所、短所、および具体的な事例について解説します。
需要に基づく価格設定
製品やサービスの価格を市場の需要に応じて設定する手法です。この価格設定戦略では、需要の変動に合わせて価格を調整し、需要が高いときには価格を引き上げ、需要が低いときには価格を引き下げます。需要の低い時期に価格を引き下げることで、需要を喚起し、売上を増加させることができます。一方で、需要予測が誤ると、価格設定が失敗し、売上や利益に影響を与える可能性があることや、価格の頻繁な変動が顧客の信頼を損なう可能性もあります。
実際に需要に基づく価格設定が用いられたことのある事例には、以下があります。
・エミレーツ航空は、夏休みや年末年始などのピークシーズンに航空券の価格を引き上げます。これにより、需要が高まる時期に高い利益を得ることができます。
・ベン & ジェリーズ(アイスクリーム店)は、冬季の寒い日にアイスクリームの価格を割引します。これにより、需要が低い時期でも売上を維持し、在庫を回転させることができます。
需要に基づく価格設定はダイナミックプライシング戦略(価格変動制)とも呼ばれます。
ダイナミックプライシングについての詳しい記事はこちらです。
また、シーズンだけでなく製品・サービスを導入した時期によって価格を上下させるスキミングプライシング・ペネトレーションプライシングと呼ばれるプライシング戦略もあります。
スキミングプライシング戦略とは、製品・サービスを市場に導入してすぐは高めの価格とし、市場で普及するにつれて価格を徐々に下げていく手法です。
具体的には、以下の事例があります。
・Appleは新型機種を販売する際に、高価格で市場に投入し、技術的に最新かつ最高の機能を求める消費者が最初に購入します。古いモデルは徐々に価格を下げて発売することで、市場全体の幅広い消費者層にシェアを広げます。
・ソニーはPlayStationなどの新モデルが発売される際に、熱心なゲーマーをターゲットに、高価格で市場に投入します。旧モデルも価格が下がり、引き続き販売されることで、さまざまな消費者層に対応します。
ペネトレーションプライシング戦略とは、製品・サービスを低価格で市場に投入し、早期に市場シェアを獲得する手法です。
具体的には、以下の事例があります。
・とある新規参入の通信キャリアは月額利用料を他社よりも安く設定することで、新規ユーザー獲得を目指します。
・とあるIT企業がQRコード決済サービスを新しく始める際、安価な加盟店手数料を設定しすることで、シェア拡大を目指します。
需要に応じた差別的価格設定
顧客の属性や購買力などに応じて価格を個別に設定する手法です。価格に敏感な顧客には割引を提供し、価格に敏感でない顧客からは高い価格を徴収することで、幅広い顧客層を獲得できます。一方で、複数の価格設定を管理するためのシステムやプロセスが必要となり、運用が複雑化してしまうというデメリットもあります。
実際に需要に応じた差別的価格設定が用いられたことのある事例には、以下があります。
・Microsoftは、学生や教育機関向けには割引価格を提供する一方、企業向けには標準価格、または追加の機能やサポートを含むプレミアム価格を設定しています。
・JR東日本は、シニア向けの割引パスを提供しています。これは、満65歳以上の会員が利用できる割引サービスで、年間会費を支払うことで切符が割引料金で購入できます。
競争ベースのアプローチ
競争ベースのアプローチは、競合他社の価格を基準に商品やサービスの価格を設定する戦略です。以下では、その具体的な手法と長所、短所、および具体的な事例について解説します。
競合他社の価格に基づく差別的価格設定
主に競合他社の価格を基準にして自社の価格を設定する手法です。市場調査を通じて、同じ市場で競争している他社がどのような価格を設定しているかを把握し、それに合わせた価格設定を行います。競合他社と同等または低価格に設定することで、価格競争力を維持しやすい一方で、価格に依存するため、他社と差別化しにくく、持続的な競争優位を確立しにくいという側面もあります。
実際に競合他社の価格に基づく差別的価格設定が用いられたことのある事例には、以下があります。
・ENEOS(ガソリンスタンド)は、周辺の他のスタンドの価格に合わせてガソリンの価格を設定します。例えば、近隣のスタンドがガソリン価格を下げた場合、同様に価格を下げて競争力を維持します。
・イオンは、競合他社の価格を常にチェックし、それに応じて自社の商品価格を調整します。例えば、主要な日用品や食料品の価格を競合と同程度に設定することで、顧客を引きつけます。
差別化に基づく価格設定
商品の独自性や付加価値を基準にして価格を設定する手法です。差別化された商品に対して高価格を設定することで、高い利益率を確保できます。また、独自性や付加価値を強調することで、ブランドイメージを強化し、顧客ロイヤルティを向上させることもできます。一方で、差別化のために商品開発やマーケティングに多くのコストをかける必要があります。
実際に競合他社の価格に基づく差別的価格設定が用いられたことのある事例には、以下があります。
・テスラは先進的な電池技術、自動運転機能、高性能なパワートレイン等を用いた電気自動車をその価値に見合ったプレミアム価格で販売しています。
・モスバーガーは、国内産の新鮮な野菜や無添加の食材を使用しており、品質にこだわることで競合との差別化を図り、高価格帯での販売を可能にしています。
顧客価値ベースのアプローチ
顧客価値ベースのアプローチは、商品やサービスの価格を顧客がその価値に対して感じる価値を基準にして設定する戦略です。以下では、その具体的な手法と長所、短所、および具体的な事例について解説します。
価値ベースの価格設定
顧客がその商品やサービスに対して感じる価値に基づいて設定する価格を設定する手法です。製品やサービスの独自性、品質、ブランド力などが価格設定の基準となります。顧客が高い価値を感じる場合、高価格を設定しても受け入れられるため、利益率が向上するというメリットがあります。一方で、顧客ごとに感じる価値が異なるため、すべての顧客に納得される価格を設定するのが難しい場合があります。
実際に価値ベースの価格設定が用いられたことのある事例には、以下があります。
・ザ・フレンチ・ランドリー(高級レストラン)は最上級の食材、丁寧で細やかなサービスを提供し、顧客に特別な体験価値を提供しています。
・ロレックス(高級腕時計メーカー)は高級素材、精緻な技術、高い耐久性、洗練されたデザインを用いることで、高価格で販売することを可能にしています。
このような付加価値の高い製品・サービスを高価格で販売して利益を上げる方法はラグジュアリー価格戦略とも呼ばれます。
顧客ニーズに基づく価格設定
ターゲット顧客の特定のニーズや購買力、購買行動に合わせて価格を設定する手法です。このアプローチでは、市場調査や顧客データの分析を通じて、顧客が何を求めているのか、どのような価格帯で商品を購入するのかを理解し、それに応じた価格を設定します。これにより、顧客満足度を高め、売上を最大化することを目指します。
実際に顧客ニーズに基づく価格設定が用いられたことのある事例には、以下があります。
・ウォルマートは幅広い商品ラインナップや低価格戦略、時には無料体験などを提供することで、顧客ニーズに基づく価格設定を実現しています。
・エミレーツ航空は顧客の旅行ニーズや予算に応じて異なる価格設定を行います。
また、サイコロジカルプライシング(心理的価格設定)も顧客価値ベースのアプローチに分類されます。消費者の心理を利用して商品やサービスの価格を設定する手法です。この手法は、消費者の価格に対する認識や感情を操作し、購買意欲を高めることを目的としています。
実際にサイコロジカルプライシングが用いられたことのある事例には、以下があります。
・デニーズでは、価格をキリの良い数字ではなく、少しだけ低く設定しています。。例えば、1000円ではなく、990円や980円と設定することで、消費者に「安い」という印象を与えています。
・とあるレストランでは、メニューに高価格の料理を配置し、他の料理が相対的に安く感じられるようにしています。例えば、5000円のステーキの隣に2000円のパスタを置くことで、パスタが「お得」に見えるようにしています。
まとめ
企業の売り上げを左右する価格設定には様々なアプローチがあることを紹介しました。適切な戦略を採用することで、企業は市場での競争力を強化し、持続可能な成長を実現することができます。
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【ライター】
酒井 颯馬
株式会社ビジネスバンク
Entrepreneur事業部 事業責任者
早稲田大学商学部にて経営学を専攻する井上達彦研究室に所属。「起業家精神とビジネスモデル」を研究テーマに、経営理論を学ぶと同時に研究対象におけるビジネスモデルの研究やそれにまつわる論文の執筆に励んでいる。
社長の学校「プレジデントアカデミー」のHPに掲載するブログの執筆、起業の魅力と現実を伝えるインタビューサイト「the Entrepreneur」にて起業家インタビューを行い記事を執筆している。
【監修】
黒田 訓英
株式会社 ビジネスバンク 取締役
早稲田大学 商学部 講師
中小企業診断士
早稲田大学商学部の講師として「ビジネス・アイデア・デザイン」「起業の技術」「実践起業インターンREAL」の授業にて教鞭を執っている。社長の学校「プレジデントアカデミー」の講師・コンサルタントとして、毎週配信の経営のヒント動画に登壇。新サービス開発にも従事。経営体験型ボードゲーム研修「マネジメントゲーム」で戦略会計・財務基礎を伝えるマネジメント・カレッジ講師でもある。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。日本ディープラーニング協会認定AIジェネラリスト・AIエンジニア資格保有者。経済産業大臣登録 中小企業診断士。