
「後継者として期待する息子は、まだ経営者としての覚悟が足りない」
「俺が会社を支えてきた苦労を、息子は分かっていない」
会社の未来を案じるほど、後継者である息子さんに対して、そんなもどかしさや苛立ちを感じていませんか?良かれと思って口にしたアドバイスが「父さんのやり方はもう古い」と反発を招き、社内でも家庭でも、なんとなく気まずい空気が流れてしまう。
もし今、あなたがこのような悩みを一人で抱えているのなら、少しだけお聞きください。その問題は、決して息子さんの能力不足や、あなたの愛情不足が原因ではありません。むしろ、その逆なのです。
その悩みは、あなたが誰よりも会社を愛し、誰よりも息子さんを想う「良い父親」だからこそ生まれる、ある種の構造的な問題なのです。
この記事を読めば、その絡まりきった糸を解きほぐし、親子間の対立を乗り越え、会社の未来を息子さんと”共に創る”ための具体的な道筋がわかります。
1. なぜ対話が噛み合わない? 親子承継を阻む「3つの罠」

親子という関係性だけでこの問題を見ている限り、本当の解決策は見えてきません。まずは、多くの創業者社長が無意識に陥ってしまう「罠」の正体を、客観的に理解することから始めましょう。
あなたは会社を守るため、無意識に「社長」という厳しい仮面をかぶっていませんか?
本当は、息子の挑戦を温かく見守り、応援したい。そんな「父親」としての想いがあるにもかかわらず、いざ経営の場に立つと、冷徹な指導者モードに切り替わってしまうのです。息子が未来のビジョンを語っても、あなたは短期的な売上や利益といった「数値」でそれを評価し、「その計画では足元の数字が作れない」「リスクが大きすぎる」とロジックで一蹴してしまう。
それは、会社を守り抜いてきたあなたなりの愛情表現であり、責任感の表れです。しかし、その厳しさの裏にある想いは伝わらず、息子さんの目には、あなたは「自分の考えを否定する冷たいボス」にしか映りません。父親として愛情を注ぎたいのに、社長としての「正しさ」が、かえって二人の間の信頼関係を壊し、息子の自主性と成長の機会を奪ってしまっているのかもしれません。
会社の未来のためには、息子さんに大きな権限を委譲し、挑戦させなければならない。頭ではそう分かっていても、「父親」としての情が勝ってしまい、「まだお前には早い」「このリスクは俺が背負う」と、可愛い息子を失敗の痛みから守ろうとしてしまう。
この罠は、息子さんを想う深い愛情から生まれます。しかし、この過保護な環境は、息子さんの「覚悟」が育つ貴重な機会を奪ってしまいます。経営者とは、痛みを伴う決断を下し、その結果の全責任を負う存在です。失敗が許されない環境では、本当の意味での経営者は育ちません。
社長という立場は、ただでさえ孤独なものです。そこに「父親」という役割が加わると、その孤独はさらに深まりますよね。「社長」としての重圧と、「父親」としてのプライド。この二つが重なり、「誰にも弱みは見せられない」という分厚い鎧を着せてしまっていませんか?
この罠にハマると、息子さんから見たあなたは「何を考えているか分からない、完璧で近寄りがたい存在」になってしまいます。しかし、弱みを見せる勇気を持つことで初めて、会社の未来という最も重要なテーマについて、本質的な話し合いが始まるのです。
2. 対立を「共創」へ。明日からできる「3つの思考スイッチ」

「罠」の正体が見えれば、抜け出すのは難しくありません。あなたの思考を切り替える具体的な「スイッチ」をご紹介します。
スイッチ1:『ボス』から『リーダー』へ(罠1への対策)
「教える」「評価する」という縦の関係から、「共に考える」という横の関係へと対話の土俵を変えましょう。「ボス」として指示するのではなく、会社の未来を共に創る「リーダー」として向き合うのです。

このように、あなたの葛藤を正直に開示し、「答え」ではなく「問い」を共有するのです。「指示」ではなく「相談」をすることで、息子さんは初めてあなたを「共に戦うパートナー」として認識します。この一言が、彼の当事者意識に火をつけ、二人の対話を「対立」から「共創」へと転換させます。
スイッチ2:『守る』愛情から、『信じて任せる』愛情へ(罠2への対策)
息子さんの「覚悟」は、言葉で諭すものではなく、環境によって育ちます。ここで必要なのは、あなたの「愛情の表現方法」をスイッチすることです。「失敗から守る」という愛情を、「失敗する権利を認める」という、より次元の高い「信じる愛情」へと進化させるのです。
あなた自身も、数々の失敗から学び、成長してきたはずです。失敗は成長に不可欠なプロセスであり、決して「悪」ではありません。

「この新規事業は、多少の赤字を出しても構わない。最終的な責任はすべて俺が取る。その代わり、人事から予算まで、全権限をお前に任せる。俺は一切口を出さないから、思うようにやってみろ」
このようにあなたが失敗のリスクをすべて引き受ける覚悟を見せ、「お前を信じている」という最大の愛情を伝える行為です。この「信じて任せる」覚悟が、息子さんの本当の覚悟に火をつけましょう。
スイッチ3:『一人』の問題から『会社』の課題へ(罠3への対策)
感情が絡む親子だけの密室から、一歩外へ出ましょう。事業承継は、あなたと息子さんだけの問題ではなく、会社全体の未来を左右する重要な「経営課題」です。
まずは、信頼できる役員や古参の幹部社員を巻き込み、「会社の未来のために、次世代のリーダーをチームでどう育てていくか」という課題として共有しましょう。個人ではなくチームで課題を捉えることで、あなたの孤独な重圧は軽くなります。
社内で話しにくい資金や相続の問題がある場合は、顧問税理士や金融機関など、客観的な視点を持つ第三者をチームに招き入れるのも有効です。大切なのは、一人で抱え込まないことです。
3.【思考整理ワーク】明日への「最初の一歩」を見つけるための3つの質問

ここまでで見えてきた「3つの罠」。それを抜け出すための具体的な「最初の一歩」を、以下の質問で見つけていきましょう。紙とペンを用意して、少しだけ時間を取ってみてください。
質問1【罠1:指導者の罠への問い】
「教える」のをやめ、息子さんと「対等なパートナー」として話せるとしたら、どんな場面でどんな会話をしますか?そのために、あなたが明日からできる「小さな変化」は何ですか?
(例:息子の報告に反論する前に、まず「なるほど、なぜそう考えた?」と質問してみる)
(例:息子の意見に対し、まず「面白い視点だな」と肯定的な言葉から会話を始める)
質問2【罠2:保護者の罠への問い】
これまでの「守る」愛情から、「信じて任せる」愛情へとスイッチするために、息子に「失敗する権利」を与えると決めたら、どんな挑戦を任せますか?そのために、あなたが明日からできる「小さな覚悟」は何ですか?
(例: 月5万円までの経費なら、事前承認なしで使っていい、と決裁権を渡してみる)
(例: ある小さな案件について、「君に任せるから、最後まで報告は不要だ」と伝えてみる)伝えてみる)
質問3【罠3:抱え込みの罠への問い】
一人で抱え込んできた悩みを、チームで解決する第一歩として、社内外で最も信頼できる人(右腕の役員、顧問税理士など)に助けを求めるとしたら、どんな言葉で相談しますか?そのための、あなたが明日からできる「最初の一歩」は何ですか?
(例:長年連れ添った副社長に「実は息子の承継の件で、少し一人で抱えすぎている。客観的な意見を聞かせてくれないか」と声をかける)
(例:顧問税理士に電話し、「先生、承継について親子だけで話していると感情的になってしまうので、一度第三者として間に入っていただけませんか」とアポイントを取る)
この質問への答えが、複雑な問題を解決する、具体的でパワフルな「最初の一歩」になります。
4. 最後に:事業承継は、あなたが息子に贈る「最高の教育」である

あなたが今感じている苦しみは、会社と息子さんを心の底から愛している何よりの証拠です。
そして事業承継とは、単なる株式や資産の移動ではありません。それは、あなたの想いと哲学、そして会社の未来を「共に創る」というかけがえのない経験そのものを、息子さんに託すという、経営者としての最後の、そして最高の教育なのです。
親子関係を壊すどころか、これまでの人生で最も深く、息子さんと向き合う貴重な機会が今、あなたの目の前にあります。
多くの経営者が「もっと早く息子と本音で話せばよかった」と振り返ります。しかし、あなたには今、その機会があります。完璧である必要はありません。むしろ、あなたの迷いや不安も含めて、ありのままの想いを伝えることが、息子さんにとって最も価値のある「教材」になるのです。
一代で会社を築き上げた経営者としてのあなたの人生経験、そして一人の父親としての深い愛情。この二つが重なったとき、息子さんにとって、あなたは単なる「厳しい上司」でも「口うるさい父親」でもない、人生で最も信頼できる「メンター」となるでしょう。
思考整理ワークで見つけた「最初の一歩」。さあ、それを実行に移してみませんか。
【ライター】
保坂 太陽
株式会社ビジネスバンク
Entrepreneur事業部 事業責任者
早稲田大学商学部にて経営学を専攻する井上達彦研究室に所属。「起業家精神とビジネスモデル」を研究テーマに、経営理論を学ぶと同時に研究対象におけるビジネスモデルの研究やそれにまつわる論文の執筆に励んでいる。
社長の学校「プレジデントアカデミー」のHPに掲載するブログの執筆、起業の魅力と現実を伝えるインタビューサイト「the Entrepreneur」にて起業家インタビューを行い記事を執筆している。

取締役
中小企業診断士
早稲田大学商学部の講師として「ビジネス・アイデア・デザイン」「起業の技術」「実践起業インターンREAL」の授業にて教鞭を執っている。社長の学校「プレジデントアカデミー」の講師・コンサルタントとして、毎週配信の経営のヒント動画に登壇。新サービス開発にも従事。経営体験型ボードゲーム研修「マネジメントゲーム」で戦略会計・財務基礎を伝えるマネジメント・カレッジ講師でもある。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。日本ディープラーニング協会認定AIジェネラリスト・AIエンジニア資格保有者。経済産業大臣登録 中小企業診断士。