「うちの製品は、品質には絶対の自信があるのに…」
「技術力なら、他社にだって負けていないはずだ」
「こんなに良いサービスを提供しているのに、なぜかお客様が増えない…」
経営者として、自社の商品やサービスに愛情と誇りを持っている方は多いでしょう。だからこそ、その「良さ」が顧客に十分に伝わっていない、あるいは正当に評価されていないと感じる時、もどかしさや焦りを覚えるのではないでしょうか。
かつては、「良いモノを作れば、自然と顧客はついてくる」という時代がありました。しかし、情報が溢れ、モノやサービスが多様化し、顧客の価値観も変化し続ける現代においては、その常識はもはや通用しません。
では、なぜあなたの会社の「良いモノ」は、顧客に響かないのでしょうか?
その原因の一つは、知らず知らずのうちに「売り手目線」に陥ってしまっていることにあるのかもしれません。
経営学には「マーケティング・マイオピア(近視眼)」という有名な言葉があります。これは、企業が自分たちの事業を「製品中心」で捉えすぎてしまい、顧客が本当に求めている「価値」や「便益」を見失ってしまう状態を指します。例えば、「我々は高性能なドリルを売っている」と思い込んでいる企業は、「顧客はドリルが欲しいのではなく、壁に穴を開けたいのだ(=穴を開けるという便益を求めている)」という本質を見落としてしまう可能性があるのです。
あなたも、自社の「製品のスペック」や「技術の高さ」をアピールすることに一生懸命になるあまり、「顧客がそれを手に入れることで、どんな課題が解決され、どんな嬉しい未来が待っているのか」という視点が、少しだけおろそかになってはいませんか?
もし、少しでも心当たりがあるなら、今こそ「顧客視点」で自社の事業を根本から見つめ直す絶好の機会です。
この記事では、
- 陥りやすい「売り手目線」の罠から抜け出すヒント
- 顧客の心に響く「本当の価値」を発見するための具体的な考え方
- 明日からあなたの会社で実践できる「顧客視点」の具体的な方法
を、分かりやすく解説していきます。
「顧客視点」を身につけることは、単に顧客満足度を高めるだけでなく、あなたの会社の真の強みを再発見し、競合との差別化を図り、持続的な成長を実現するための強力な武器となります。
顧客の心に深く響く「本当の価値」を見つけ出しましょう。
第1章:「顧客視点」を正しく理解する

1-1. 「顧客視点」とは何か? よくある誤解を解く
「顧客視点」と聞いて、以下のようなことを想像していないでしょうか?
- 「もし自分がお客さんだったら、こう思うだろうな」と想像してみること。
- 会議などで「顧客視点で考えると…」と発言してみること。
- 「お客様の気持ち、わかりますよ!」と口にしてみること。
これらは顧客視点への第一歩としては大切ですが、これだけでは不十分です。なぜなら、そこには「自分自身の経験や価値観」というフィルターがかかっている可能性が高いからです。「自分ならこう思う」が、必ずしも「実際の顧客がそう思う」とは限りません。
特に陥りやすいのが、「お客様になりきるごっこ」になってしまうことです。自分の願望や理想を「顧客の声」として投影してしまったり、一部の印象的な顧客の意見を、すべての顧客の意見であるかのように一般化してしまったり…。これらは、むしろ誤った意思決定を導く危険性すらあります。
本当の「顧客視点」とは、単なる想像や思い込み、あるいは表面的な同情ではありません。それは、できる限り客観的な事実や情報に基づいて、顧客が置かれている状況、抱えている課題、そしてその時の感情を、深く理解しようと努める姿勢そのものなのです。自分の主観を一旦脇に置き、「実際の顧客は、本当にどう感じ、どう考えているのだろうか?」と問い続けることが重要なのです。
1-2. 核心は「共感(エンパシー)」:顧客の気持ちを深く理解する力
では、どうすれば顧客の状況や感情を深く理解できるのでしょうか?その鍵となるのが「共感(エンパシー)」です。
「共感」というと、「かわいそう」「大変だな」といった同情(シンパシー)と混同されることもありますが、ここで言うエンパシーは少しニュアンスが異なります。エンパシーとは、相手の靴を履いてみる(Walk in someone’s shoes)という比喩があるように、相手の立場に身を置き、その人が見ている世界を、その人と同じように感じ、理解しようとする能力を指します。
なぜ、このエンパシーが顧客視点の核心なのでしょうか?
それは、顧客が抱える本当の課題やニーズは、必ずしも言葉になって表面化しているとは限らないからです。顧客自身も明確に意識していなかったり、言葉にするのをためらっていたりする「潜在的なニーズ」や、その背景にある「感情(不安、期待、喜び、不満など)」を捉えるためには、論理的な分析だけでなく、相手の心に寄り添う「共感力」が不可欠なのです。
例えば、ある部品の納期について問い合わせてきた顧客がいるとします。表面的な要求は「納期を教えてほしい」ですが、エンパシーを持ってその背景を探ると、「実は競合からも見積もりを取っていて、納期が重要な判断材料になってい)」「この部品が遅れると、自社の生産計画全体に影響が出てしまうのではないか、と不安に思っている」といった、言葉にならない真の状況や感情が見えてくるかもしれません。
このエンパシーを働かせることで、単なる問い合わせ対応を超えた、顧客の心に響く提案やサポートが可能になるのです。
1-3.製品だけじゃない!「顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)」全体で考える
顧客視点を持つべき対象は、自社の商品やサービスそのものだけではありません。顧客があなたの会社や商品・サービスに関わるすべてのプロセス、つまり「顧客体験(カスタマーエクスペリエンス、CX)」全体に目を向ける必要があります。
顧客体験とは、
- 購入前: あなたの会社をどのように知るか?(広告、口コミ、検索 etc.)ウェブサイトや店舗は分かりやすいか? 問い合わせへの対応はどうか?
- 購入時: 商品の選びやすさ、購入手続きのスムーズさ、接客態度はどうか?
- 購入後: 商品の使いやすさ、期待通りの効果は得られたか? アフターサポートはどうか? 次の提案はあるか?
といった、顧客が経験する一連の「旅(ジャーニー)」全体を指します。
どんなに素晴らしい製品を作っていても、ウェブサイトが分かりにくくて購入に至らなかったり、購入後のサポートが悪くて不満を感じたりすれば、顧客はその会社に対して良い印象を持ちません。
したがって、真の顧客視点を身につけるためには、この顧客体験の各段階(タッチポイント)において、「顧客は今、何を感じ、何を考え、どんな行動をとっているだろうか?」と想像し、分析することが重要になります。製品の機能や品質といった「点」だけでなく、顧客が経験するプロセス全体を「線」で捉え、どこかに不便さや不満、あるいは逆に喜びや感動を生むポイントがないかを探っていくのです。
この章では、「顧客視点」の正しい意味、その核心である「共感(エンパシー)」、そして顧客視点を適用すべき範囲が「顧客体験全体」に及ぶことを解説しました。次の章では、いよいよ、これらの理解をベースに、具体的にどのように顧客視点を実践していくのか、その技術について掘り下げていきます。
第2章:【実践編】顧客の「本音」と「行動」を読み解く技術

2-1. ステップ1:思い込みフィルターを外す思考法
顧客視点を実践する上で、まず最初に取り組むべきは、自分自身の中に無意識に存在する「売り手の思い込みフィルター」を外すことです。長年その業界や自社製品に関わっていると、どうしても専門家としての知識や経験が、「顧客も当然こう考えるはずだ」という先入観を生み出してしまいます。
このフィルターを外し、より客観的に顧客の立場から物事を見るために、以下のような「問いかけ」を自分自身やチームに投げかけてみましょう。
- 「もし自分が、この商品/サービスについて全く知識のない『初めての顧客』だったら、どう感じるだろうか?」
- → 専門用語が多すぎないか? 説明は分かりやすいか? そもそも魅力が伝わるか?
- 「もし自分が、競合の商品/サービスと『比較検討している顧客』だったら、何を決め手にするだろうか?」
- → 価格? 品質? 使いやすさ? サポート? それとも別の何か? 自社の「売り」は本当に顧客にとって魅力的なのか?
- 「もし自分が、『時間がない/忙しい』顧客だったら、このプロセス(問い合わせ、購入、利用など)をどう感じるだろうか?」
- → 手間がかかりすぎないか? もっと簡単にできないか?
- 「もし自分が、『予算が限られている』顧客だったら、この価格設定や価値提案をどう思うだろうか?」
- → 価格に見合った価値を感じられるか? もっと手頃な代替案はないか?
- 「もし自分が、この商品/サービスを使った後に『ちょっとした不満や疑問』を感じたら、どうするだろうか?」
- → 問い合わせしやすいか? 解決策はすぐに見つかるか?
これらの問いかけを通じて、自社の商品・サービス・業務プロセスをあえて批判的な視点で見てみたり、顧客が感じるであろう「不便」「面倒」「不安」「不満」といったネガティブな側面に焦点を当ててみたりすることが、思い込みを外す第一歩となります。
2-2. ステップ2:顧客像を具体化する「簡易ペルソナ」の作り方
「顧客視点」と言っても、相手が漠然とした「顧客一般」では、具体的なイメージを持つのは難しいものです。そこで役立つのが「ペルソナ」という手法です。ペルソナとは、あなたの会社にとって最も重要で代表的な顧客を、あたかも実在する人物のように具体的に描き出したものです。
ペルソナを作る目的は、
- チーム内で「私たちが価値を提供すべき顧客は誰か」という共通認識を持つこと。
- 新しい商品やサービスを考える際の「判断基準(この人は喜ぶか?)」とすること。
です。大企業のような詳細な調査はできなくても、中小企業でも「簡易ペルソナ」を作ることは十分に可能です。完璧を目指さず、まずは簡単なものから作ってみましょう。
【簡易ペルソナ作成ステップ(例)】

- ターゲット顧客層を決める: あなたの会社にとって最も重要な顧客層は誰ですか?(例:〇〇業界の中小企業経営者、地域在住の30代主婦、特定の趣味を持つ人々など)
- 代表的な人物像を想像する: その層を代表する架空の人物に、名前、年齢、性別、職業、家族構成、居住地などの基本的なプロフィールを設定します。(例:田中 一郎、45歳、〇〇製造業 部長、妻と子2人…)
- ニーズや課題、価値観を書き出す: その人物が、あなたの会社の商品・サービスに関連する領域で、「どんなことに困っているか(課題)」「何を求めているか(ニーズ)」「普段どんな情報をどこから得ているか」「何を大切に考えているか(価値観)」などを、想像力を働かせて書き出してみましょう。実際の顧客へのヒアリング内容やアンケート結果があれば、それを反映させるとよりリアルになります。
- (できれば)顔写真やイラストを添える: フリー素材などを活用して顔写真やイラストを添えると、より具体的な人物としてイメージしやすくなり、チーム内での愛着も湧きやすくなります。
この「ペルソナ」という共通の顧客像を持つことで、「田中さん(ペルソナ名)だったら、この新機能は嬉しいだろうか?」「この説明で田中さんは理解できるだろうか?」といった具体的な問いが生まれ、顧客視点での議論が深まります。
2-3. ステップ3:顧客の「旅」を辿る「簡易ジャーニーマップ」
ペルソナが「顧客は誰か?」を明確にするものだとすれば、「カスタマージャーニーマップ」は、その顧客があなたの会社や商品・サービスとどのように出会い、関わり、最終的にどうなるかという一連の「体験の旅」を可視化するツールです。
これも、本格的なものは複雑ですが、「簡易ジャーニーマップ」であれば、顧客体験全体を俯瞰し、課題や改善のチャンスを発見するのに役立ちます。
【簡易ジャーニーマップ作成ステップ(例)】
- ペルソナを設定する: ステップ2で作成したペルソナを使います。
- 顧客の段階(ステージ)を設定する: 顧客が自社と関わる大まかな段階を横軸に書き出します。(例:認知 → 情報収集 → 比較検討 → 購入/契約 → 利用開始 → 継続利用/サポート → (理想的には)推奨)
- 各段階での顧客の行動・思考・感情・接点を書き出す: 各ステージにおいて、ペルソナが「具体的に何をするか(行動)」「何を考えているか(思考)」「どんな気持ちか(感情:嬉しい/普通/不満/不安など)」「どこで自社と接点を持つか(タッチポイント:ウェブサイト/店舗/電話/営業担当/商品そのもの etc.)」を、想像しながら書き込んでいきます。
- 感情の浮き沈みに注目する: 特に「感情」の欄に注目し、顧客がポジティブな感情を抱くポイント(強み)と、ネガティブな感情を抱くポイント(弱み・課題)を明らかにします。
このマップを作ることで、「ウェブサイトの情報が分かりにくくて離脱しているかもしれない」「購入後のフォローが足りなくて不安を感じさせているかもしれない」「実は〇〇の対応が、顧客の満足度を大きく高めているようだ」といった、顧客体験上の具体的な課題や、強化すべきポイントが見えてきます。
2-4. ステップ4:現場やデータから「顧客の状況(文脈)」を掴むヒント
ペルソナやジャーニーマップは、顧客視点を具体化するための強力なツールですが、それらが単なる「机上の空論」にならないためには、実際の顧客に関する情報で裏打ちしていくことが重要です。経営学で言うところの、顧客が置かれている「文脈(Context)」、つまり「どのような状況で、どのような目的のために自社の製品・サービスを利用しているのか」を理解するためのヒントは、あなたの会社の身近なところに転がっています。
- 顧客の声に耳を澄ます:
- アンケートやレビューサイトのコメント。
- お客様相談室や営業担当者が受けた直接の会話、問い合わせ、クレームの記録。
- → ポイント:表面的な言葉だけでなく、「なぜそう思うのか?」「その背景には何があるのか?」を想像してみる。
- 顧客の行動を観察する:
- 店舗での顧客の動き、棚の前での滞在時間、手に取る商品。
- ウェブサイトでのクリック箇所、離脱ページ、検索キーワード。
- 可能であれば、実際に顧客が製品を使っている現場を訪問・観察させてもらう。
- → ポイント:言葉にならないニーズや、顧客自身も気づいていない不便さを発見できる可能性がある。
- 現場スタッフからヒアリングする:
- 顧客と日々接している営業担当者、販売スタッフ、カスタマーサポート担当者などの現場スタッフは、顧客の生の声や変化に関する貴重な情報を持っています。定期的に意見交換の場を設けましょう。
- → ポイント:「最近、お客様からよく聞くことは?」「何か困っている様子はなかった?」など、具体的な問いかけを。
- 簡単なデータ分析を試みる:
- 売上データから、「誰が(どんな顧客層が)」「何を」「いつ」「どれくらい」購入しているのか、基本的な傾向を把握する。
- ウェブサイトのアクセス解析ツール(Google Analyticsなど)で、どのページが多く見られているか、どんなキーワードで検索されているかを確認する。
- → ポイント:完璧な分析を目指す必要はありません。客観的なデータから見えてくる事実を、顧客視点と照らし合わせて解釈する癖をつけることが大切です。
これらのリアルな情報を集め、分析し、ペルソナやジャーニーマップに反映させていくことで、あなたの会社の「顧客視点」は、より深く、より確かなものへと進化していきます。
この章では、顧客視点を実践するための具体的な4つのステップをご紹介しました。これらのステップは一度やって終わりではなく、繰り返し実践し、改善していくことで、あなたの顧客理解は着実に深まっていきます。次の章では、こうして得られた顧客視点を、どのように組織全体に浸透させ、「会社の力」に変えていくかについて解説します。
第3章:顧客視点を「組織の力」に変える仕組みづくり

3-1. 従業員に「顧客視点」をどう浸透させるか?
従業員に顧客視点を持ってもらうためには、トップダウンで「顧客視点で考えろ!」と指示するだけでは不十分です。大切なのは、従業員自身が「なぜ顧客視点が必要なのか」を理解し、共感し、主体的に行動したいと思えるように働きかけることです。
【浸透のためのポイント】
- 「なぜ必要か」を繰り返し伝える: 会社の理念やビジョンと顧客視点を結びつけ、「私たちが目指す未来のために、なぜ顧客視点が重要なのか」「顧客視点を持つことが、会社だけでなく、従業員自身の成長や働きがいにどう繋がるのか」を、経営者自身の言葉で、情熱を持って繰り返し伝えましょう。朝礼、会議、社内報など、あらゆる機会を活用します。
具体例:朝礼で会社のビジョンと顧客視点の関連性について話す、社内報で経営者のメッセージとして発信する 。
- 成功体験を共有し、共感を促す: 顧客視点に基づいた行動が、顧客からの感謝や喜びの声に繋がった具体的なエピソード(小さなものでもOK)を、積極的に社内で共有しましょう。「〇〇さんの対応で、お客様がとても喜んでくださった」「〇〇さんのアイデアで、商品の使い勝手が向上し、リピートが増えた」といったポジティブな事例は、他の従業員の共感を呼び、「自分もやってみよう」という意欲を引き出します。
具体例:ミーティングの冒頭で顧客からの感謝メールやSNSでの良い口コミを紹介する、社内チャットツールで「今日のグッドCX(顧客体験)」として共有する 。
- 「失敗」も学びとして共有する文化: 顧客視点で挑戦した結果、うまくいかなかったとしても、それを個人の責任として追求するのではなく、「そこから何を学べるか」「次はどうすれば良いか」をチームで考える文化を作りましょう。失敗を恐れずに挑戦できる環境が、主体的な顧客視点の行動を促します。
具体例:失敗事例を共有する会議を設け、改善策を全員で話し合う、失敗から学んだことを文書化してナレッジとして共有する。
3-2. 顧客の声を「自分ごと」にする情報共有の工夫
第2章で紹介したように、顧客の声や行動に関する情報は、顧客視点を養う上で不可欠です。しかし、それらの情報が一部の担当者や部署に留まっていては意味がありません。組織全体で顧客情報を共有し、誰もが「自分ごと」として捉えられる仕組みを作りましょう。
【情報共有の工夫例】
- 顧客の声の「見える化」:
- 顧客から寄せられた感謝のメールや手紙、アンケートのコメントなどを、休憩室や共有スペースの掲示板に貼り出す。
- 社内SNSやチャットツールで、「今日のありがとう」「お客様からの改善ヒント」といったチャンネルを作り、気軽に共有できるようにする。
- 顧客満足度調査の結果などを、グラフなどを用いて分かりやすく全社に公開する。
具体例:お客様相談室に届いた「ありがとう」の声を週報で共有する、ウェブサイトのレビューを印刷してオフィスに張り出す、顧客アンケートの結果をグラフ化して全従業員に配布する。
- 定例ミーティングでの活用:
- 部署の定例ミーティングなどで、「今週のお客様の声」や「顧客視点で気づいたこと」を共有する時間を設ける。
- 特定の顧客(ペルソナ)を取り上げ、「このお客様のために、今週私たちは何ができるか?」を話し合う。
具体例:週一回の部署ミーティングで、顧客からの問い合わせ内容やその背景についてディスカッションする時間を作る、簡易ペルソナを設定し、「もし〇〇さん(ペルソナ名)だったら、この状況をどう感じるか?」をチームで話し合う 。
- 部門間の情報連携:
- 営業担当者が掴んだ顧客のニーズや不満を、開発部門や製造部門にフィードバックする仕組みを作る。
- カスタマーサポートに寄せられた問い合わせ内容やクレーム情報を、関連部署と共有し、原因分析や再発防止策を共同で検討する。
具体例:営業部門と開発部門が定期的に合同ミーティングを開催し、顧客からの要望や不満を直接共有する、カスタマーサポートからの情報を集約し、FAQの改善や製品マニュアルの修正に活かす。
大切なのは、情報を一方的に流すだけでなく、その情報をもとに従業員同士が対話し、考え、次のアクションに繋げていく流れを作ることです。
3-3. 現場の「問いかけ」を変えるマネジメント
管理職やリーダーの役割も非常に重要です。日々の業務の中で、部下に対して「顧客視点」を意識させるような「問いかけ」を習慣づけることで、組織全体の思考様式を変えていくことができます。
【効果的な問いかけの例】
- (新しい提案や企画に対して)「それって、お客様(ペルソナの〇〇さん)は本当に嬉しいと思う?」
具体例:新商品の企画会議で、「この機能、〇〇さん(ターゲット顧客のペルソナ名)はどんな時に嬉しいと感じるかな?」とメンバーに問いかける。
- (業務プロセスの見直しについて)「このやり方、お客様から見たらどう見えるだろう? もっと分かりやすく、楽にできないかな?」
具体例:納品までのプロセスについて話し合う際、「お客様はこのステップで面倒に感じることはないか?」とチームに質問する。
- (クレームや問題が発生した時)「お客様が本当に言いたかったことは何だろう? どうすれば、同じような気持ちにさせずに済むだろう?」
具体例:クレーム対応について振り返る際、担当者に「お客様が一番困っていたことは何だったと思う?」と問いかけ、根本原因を一緒に考える。
- (日々の業務報告に対して)「今日、お客様のために何か特別なことはできた? 何か気づいたことはあった?」
具体例:部下からの業務報告を受けた後、「今日、お客様とのやり取りで発見したことはある?」と尋ねる習慣をつける
このような問いかけを繰り返すことで、従業員は自然と「顧客だったらどう思うか?」という視点で物事を考える癖がつき、それが当たり前の組織文化へと繋がっていきます。重要なのは、問い詰めるのではなく、一緒に考える姿勢で問いかけることです。
3-4. 小さな成功体験を積み重ね、文化として定着させるには
顧客視点の文化は、一朝一夕には築けません。焦らず、小さな成功体験を一つひとつ積み重ねていくことが、定着への近道です。
【定着のための具体的な取り組み例】
- まずは「やってみる」ことを奨励する: 完璧な計画を待つのではなく、「まずは顧客視点でこれを試してみよう」という小さなチャレンジを奨励し、サポートする姿勢を示しましょう 。
具体例:顧客からの小さな改善提案を受けて、まずは影響の少ない範囲で試行的に導入してみることを奨励する。
- 成果を認め、称賛する: 顧客視点に基づいた行動や改善が、たとえ小さな成果であっても、きちんと認め、具体的に称賛しましょう 。「〇〇さんのアイデアで、お客様の待ち時間が短縮できたね。ありがとう!」といった具体的なフィードバックが、本人のモチベーションを高め、周囲への良い刺激となります 。
具体例:顧客対応で感謝された従業員を社内ミーティングで紹介し、全員で拍手をする、顧客満足度向上に貢献した取り組みを表彰する制度を設ける(小規模でも良い) 。
- 顧客視点を人事評価にも反映させる(検討): 可能であれば、顧客満足度への貢献や、顧客視点での改善提案などを、人事評価の項目に加えることも、文化としての定着を後押しする一助となります(ただし、導入には慎重な検討が必要です) 。
具体例:評価項目に「顧客からのフィードバックを基にした改善提案」「顧客満足度向上に貢献した行動」などを加えることを検討する 。
- 経営者が率先垂範し続ける: どんな仕組みや制度よりも、経営者自身が率先して顧客の声に耳を傾け、顧客視点で判断し、行動し続ける姿を見せることが、最も強力なメッセージとなります 。
具体例:経営者自身が定期的にお客様の声を聞く機会を持つ、顧客視点での意思決定プロセスを従業員に公開する 。
顧客視点の文化づくりは、終わりなき旅のようなものです。しかし、そのプロセスを通じて、従業員は仕事への誇りを持ち、組織は活性化し、顧客との強い絆が育まれていきます。
顧客視点の文化づくりは、終わりなき旅のようなものです。しかし、そのプロセスを通じて、従業員は仕事への誇りを持ち、組織は活性化し、顧客との強い絆が育まれていきます。顧客視点を個人のスキルから組織の力へと昇華させるためには、経営者のリーダーシップと、継続的な仕組みづくりが不可欠です。では、こうした顧客視点の実践は、実際にどのような成果を生み出しているのでしょうか?次章では、具体的な企業の成功事例を見ていきましょう。
第4章:成功例から学ぶ「顧客視点」の実践

4-1. データと共感が生み出す顧客体験(Netflix)
動画配信サービスを提供するNetflixは、顧客視点を徹底することで急成長を遂げた企業の代表例です。彼らは単に多くのコンテンツを提供するだけでなく、顧客一人ひとりの視聴履歴や評価データを徹底的に分析し、「このお客様は次にどんなコンテンツを見たいか」を高い精度で予測しておすすめすることで、顧客が「自分にぴったりのサービスだ」と感じるパーソナライズされた体験を提供しています。
また、単なるデータ分析にとどまらず、ユーザーインターフェース(UI)やユーザーエクスペリエンス(UX)の改善にも継続的に取り組み、どうすれば顧客がより快適に、ストレスなくサービスを利用できるかを追求しています。これは、テクノロジーと顧客への深い共感を組み合わせることで、顧客の潜在的なニーズに応え、高い顧客満足度と継続利用を促進している事例と言えます。
4-2. 顧客の声で進化する商品開発(ユニクロ)
アパレルブランドのユニクロ(株式会社ユニクロ)も、顧客視点を商品開発やサービスに活かすことで知られています。彼らは、店舗での顧客との直接的なコミュニケーション、ウェブサイトやアプリを通じた顧客からのフィードバック収集、そして購入後のアンケートなどを通じて、顧客の「こんな商品が欲しい」「ここを改善してほしい」といった生の声を集めています。
例えば、同社のヒット商品であるヒートテックやウルトラライトダウンなどは、開発当初から顧客の意見を取り入れ、毎年のように機能や着心地の改良を重ねています。これは、顧客からのフィードバックを単なる「意見」としてではなく、商品やサービスを「共に創り上げるパートナーからの貴重な示唆」として捉え、具体的な改善や進化に繋げている事例です。顧客は自分の声が反映されることでブランドへの愛着を深め、さらに積極的にフィードバックを提供するという好循環が生まれています。
4-3. 従業員の主体的な顧客対応(リッツ・カールトン)
高級ホテルとして知られるリッツ・カールトンは、その卓越した顧客サービスで世界的に有名です。彼らの顧客視点は、単にマニュアル通りの対応をするのではなく、従業員一人ひとりが顧客の状況を察し、期待を超えるサービスを主体的に提供することにあります。
リッツ・カールトンでは、「クレド」と呼ばれる企業理念の中で顧客へのコミットメントを明確にし、従業員に一定の範囲内で顧客のために自由に判断・行動できる権限を与えています。例えば、顧客が困っている様子を見かけたら、担当部署でなくても積極的に声をかけ、解決に向けて行動することを奨励しています。これは、顧客視点を組織文化として深く根付かせ、現場の従業員が主体的に顧客の幸福を追求できる仕組みを構築している事例であり、従業員のエンゲージメント向上にも繋がっています。
事例から学ぶ、中小企業が応用できるヒント
これらの大企業の事例は、規模が大きく使っている手法も高度に見えるかもしれません。しかし、その根底にある「顧客視点の核」は、規模に関わらず全ての中小企業で応用可能です。
- データが少なくても「個別の声」を深く聞く: Netflixのような高度なデータ分析システムはなくても、中小企業は顧客との距離が近いという強みがあります。リピーターのお客様が「〇〇な時にこの製品が役立ったよ」と話してくれた一言、あるいはウェブサイトの問い合わせフォームに書かれた小さな要望など、個別の顧客が発信する「生の声」にこそ、重要なヒントが隠されています。これを丁寧に聞き取り、その背景にある顧客の状況や真のニーズを想像する練習をしましょう。
- 「共創」の姿勢で改善を続ける: ユニクロのように大規模なアンケートは難しくても、製品やサービスを利用してくれた顧客に、使い心地や改善点を尋ねる簡単なアンケートを実施したり、率直な意見を言いやすい雰囲気を作ったりすることは可能です。お客様からのフィードバックを、「指摘」ではなく「より良いものを作るための共同作業への参加依頼」として捉え、改善に繋げる姿勢を見せることで、顧客は「自分の意見が聞いてもらえた」と感じ、ファンになってくれるでしょう。
- 従業員に「お客様のために」を問いかけ、小さな行動を促す: リッツ・カールトンのような広範な権限委譲は難しくても、日々の業務の中で従業員に「今日、お客様のために何かできたことはある?」「もし自分がお客さんだったら、この状況でどう感じるかな?」と問いかける習慣をつけることから始められます。そして、顧客のために行った小さな工夫や親切な行動を認め、称賛することで、従業員が主体的に顧客視点で考え、行動する文化を少しずつ醸成していくことができます。
Netflixのデータ活用、ユニクロの共創による商品開発、リッツ・カールトンの従業員の主体性。これらの事例は、手法は異なれど、どれも顧客を深く理解し、その期待に応えようとする強い顧客視点が成功の原動力となっていることを示しています。そして、これらの大企業の取り組みから、顧客の声に耳を傾け、顧客体験を想像し、小さなことから改善を続けるという、規模に関わらず全ての中小企業が実践できる普遍的なヒントを見出すことができます。これらの実践が、いかに企業の成長と顧客との強い絆を築くための確かな原動力となるのか、最後に「おわりに」として、変化の時代において顧客視点を磨き続けることの重要性と、その目指すべき未来について改めて考えてみましょう。
おわりに:顧客視点を磨き続け、「選ばれる企業」になるために
この記事では、「なぜ、あなたの『良いモノ』は顧客に響かないのか?」という問いから出発し、その突破口となる「顧客視点」について、その本質から具体的な実践法、そして組織への浸透方法までを探求してきました。
「売り手目線」の罠から抜け出し、顧客の心に深く「共感」し、製品だけでなく「顧客体験」全体で物事を捉えること。そして、ペルソナやジャーニーマップといったツールを活用しながら、顧客の「本音」と「行動」を読み解き、それを組織全体で共有し、日々の業務に活かしていくこと――。
「顧客視点」とは、決して特別な才能や、大企業だけができる難しいことではありません。それは、意識的に学び、実践し、継続することで、誰でも、どんな組織でも磨いていくことができる「技術」であり、「姿勢」なのです。
もちろん、顧客視点を身につけ、それを組織文化として根付かせるには、時間も労力も必要です。すぐに完璧な状態を目指す必要はありません。大切なのは、今日からできる小さな一歩を踏み出すことです。
- まずは、自分自身に「顧客ならどう思うか?」と問いかける癖をつけてみる。
- 簡単なペルソナやジャーニーマップを描いてみる。
- 顧客の声を一つ、丁寧に聞いてみる。
- 従業員と「お客様のこと」について話す時間を少しだけ作ってみる。
どんな小さな行動でも構いません。その一歩一歩の積み重ねが、あなたの会社を確実に顧客の方へと向かわせ、やがて大きな変化を生み出すはずです。
顧客視点を磨き続ける企業は、変化の激しい時代においても、顧客から真に「選ばれる理由」を持つことができます。それは、価格競争に巻き込まれない独自の価値となり、従業員の働きがいとなり、そして何よりも、顧客との間に築かれる強い信頼関係という、お金では買えない貴重な財産となるでしょう。
この記事が、あなたの会社が顧客視点という羅針盤を手に入れ、顧客と共に価値を創り出し、未来へと航海を進めるための一助となれば幸いです。
さあ、あなたの会社の「顧客視点」を磨く旅を、始めてみませんか?
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【ライター】
酒井 颯馬
株式会社ビジネスバンク
Entrepreneur事業部 事業責任者
早稲田大学商学部にて経営学を専攻する井上達彦研究室に所属。「起業家精神とビジネスモデル」を研究テーマに、経営理論を学ぶと同時に研究対象におけるビジネスモデルの研究やそれにまつわる論文の執筆に励んでいる。
社長の学校「プレジデントアカデミー」のHPに掲載するブログの執筆、起業の魅力と現実を伝えるインタビューサイト「the Entrepreneur」にて起業家インタビューを行い記事を執筆している。

取締役
中小企業診断士
早稲田大学商学部の講師として「ビジネス・アイデア・デザイン」「起業の技術」「実践起業インターンREAL」の授業にて教鞭を執っている。社長の学校「プレジデントアカデミー」の講師・コンサルタントとして、毎週配信の経営のヒント動画に登壇。新サービス開発にも従事。経営体験型ボードゲーム研修「マネジメントゲーム」で戦略会計・財務基礎を伝えるマネジメント・カレッジ講師でもある。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。日本ディープラーニング協会認定AIジェネラリスト・AIエンジニア資格保有者。経済産業大臣登録 中小企業診断士。