経営環境が激しく変化する現代に適した理論として、ダイナミックケイパビリティが市場の注目を集めています。ダイナミックケイパビリティについての理解が深まるよう、この記事では用語の意味や注目される背景、成功実例などについて、詳しく解説します。
ダイナミックケイパビリティとは
ダイナミックケイパビリティとは、「企業が変化していく環境に適応する能力」を指します。
ダイナミックケイパビリティの概要
ダイナミックケイパビリティは、カリフォルニア大学バークレー校ハース・ビジネススクールのデイビッド・ティース教授により提唱されました。
日本では、2020年中旬に経済産業省と文部科学省、厚生労働省が共同で発表した、「ものづくり白書」の中で経営戦略論の一つとして取り上げられ、第1章 第2節「不確実性の高まる世界の現状と競争力強化」の中で、ダイナミック・ケイパビリティは「企業変革力」と定義されており、「あらゆる環境変化に対応するために、組織のダイナミック・ケイパビリティが必要である」とされています。
経営戦略について詳しく知りたい方は、こちらを参考にしてください。
» 「経営戦略とは?」~優れた経営戦略を立てる3つの基本~定義・種類・フレームワークをご紹介 | プレジデントアカデミー
オーディナリーケイパビリティとの違い
ダイナミック・ケイパビリティの対義語は、オーディナリーケイパビリティです。
オーディナリーケイパビリティに重きを置いている企業では、既存事業の利益を拡大することや、既存の経営資源を効率的に活用することを目指す傾向にあります。
一般的には、大企業ではオーディナリーケイパビリティが高く、中堅企業やベンチャー企業はダイナミック・ケイパビリティが高いと言われています。
ダイナミックケイパビリティの重要性
ダイナミックケイパビリティが企業に重要視されている理由を説明します。
ハイパーコンペティションの時代
家電業界や自動車業界など、これまで日本で競争力のある業界の多くは、変化のスピードがそれなりに穏やかで、将来予測がある程度できる事業環境であるとされていました。
「業界構造がそれほど大きく変わらない」業界であれば、自社ポディショニングを検討でき(=SCP)、自社の相対的な強み・リソースが当面変わらないという前提に基けば、それを磨き込むRBVの戦略がとれるでしょう。
一方、現在は多くの業界・ビジネス環境が、将来予見が十分にできない状態になりつつあります。
それは、グローバル化の進展、規制緩和、そして何より急速なITの発展・デジタル化により、事業環境の変化スピードが格段に速くなっているからだといえます。
このような急速に変化していく業界・ビジネス環境は「ハイパーコンペティション」とも呼ばれています。
ハイパーコンペティションの時代では、「業績が落ちかけても、すぐに新しい対応策を打って業績を回復できる力」すなわち「変化する力」が企業には求められており、ダイナミックケイパビリティという理論がより重要視されている理由であるといえます。
ダイナミックケイパビリティの背景にある理論
次に、ダイナミック・ケイパビリティが生まれる背景になった2つの理論をご紹介します。
この2つの理論を理解することで、ダイナミック・ケイパビリティの理解をより深めることができます。
資源ベース理論
ダイナミック・ケイパビリティが生まれる元になった理論には、1984年にアメリカのマサチューセッツ工科大学で教授だったB・ワーナーフェルト氏が提唱した「資源ベース理論」があります。
資源ベース理論では、企業が持つ人材やブランド、生産ノウハウや特許などの独自に所有する内部資源の競争優位性が重要とされています。
この資源ベース理論は、ジェイ B.バーニー氏が取り上げたことで注目されました。
バーニー氏は、ワーナーフェルト氏の考えに追加して、「資源ベース理論」で重要とされた、資源の競争優位性を高めるための分析手段として、VRIOと呼ばれるフレームワークを活用しています。
VRIOフレームワークとは、経済的価値(Value)、希少性(Rarity)、模倣困難性(Imitability)、組織(Organization)の頭文字をとって名付けられ、市場で優位に立てるように用いるフレームワークです。コストや価値などを分析する「バリューチェーン」も、代表的なフレームワークとして挙げられます。
しかし、ワーナーフェルト氏とバーニー氏が提唱する考えでは、企業の短期的な優位性は保てるものの、中・長期の視点で考えると、内部資源の質向上が逆に企業にとっての柔軟性を損ねてしまうという批判もありました。
そこで、内部資源の再構築と外的要因の変化を大切にする「ダイナミック・ケイパビリティ」の考えが生まれました。
「リソース・ベースド・ビュー(RBV)とは?分析手法・メリット・活用ステップも解説」
競争戦略論
もう一つの理論は、マイケル E.ポーター氏が提唱した、「競争戦略論」です。
競争戦略論では、企業のブランドイメージや商品価値を高め、同業他社との差別化を図ることが重要とされています。
ポーター氏の考えは、「ポジショニング派」と呼ばれ、外的要因が企業の事業運営を左右すると定義しました。
しかし、競争戦略論を批判する声も多くあり、同じ業界や経営環境が同じ会社でも、異なる経営戦略を取ることで成功している企業が多くあり、この説では説明できない場合があることが露呈されました。
そのため、外的要因を取り入れる必要があった「資源ベース理論」と、「競争戦略論」をセットで考える「ダイナミック・ケイパビリティ」が誕生したのです。
ダイナミックケイパビリティを構成する3つの要素
感知(センシング)
感知とは、環境の変化によって生まれる機会や脅威を感じ取る能力です。経営者層が主に担うもので、市場や顧客のニーズ、競合他社の動向や技術革新などを常に分析・洞察することが必要です。
捕捉(シージング)
捕捉とは、感知した機会や脅威に対して、自社の資源や技術を再構成して競争力をつかむ能力です。経営資源の配分や組織構造の変更などを行うことで実現されます。また、捕捉はダイナミックケイパビリティの中心核であり、特に重要な能力です。
変容(トランスフォーミング)
変容とは、競争力を持続させるために、組織全体を刷新して変化させる能力です。経営文化や人材育成などを通じて実現されます。変容は上記の2つの能力を持続化するために必要な能力です。
ダイナミックケイパビリティに必要な能力と戦略
上述したように、近年では、企業にダイナミック・ケイパビリティの向上が求められる時代になりました。
しかし、どうやって向上・改革すればいいかわからない方も多いのではないでしょうか。
ここからは、ダイナミック・ケイパビリティを向上させるために必要な4つの能力について解説します。
以下の3つの能力を意識して、企業内改革を実施していきましょう。
経営者の能力
自社の強みや弱みを正しく理解し、市場の変化に応じて事業を変える力が求められます。これは経営者が備えておくべき能力のひとつです。事業の型にとらわれて新しい技術やニーズに対応できない企業は、オーディナリーケイパビリティしか持っていません。
オーディナリーケイパビリティは安定した環境で効率的に事業を行う能力ですが、不確実な時代には不十分です。経営者は、自社の資源を有効に使いながら外部の動きを見逃さず、柔軟に対応できる能力を身につけなければなりません。
資源を活用する能力
ダイナミックケイパビリティは新しい資源を獲得するのではなく、人材や技術、知識などの資源を再利用することで競争力を高める方法です。限りある資源を活用する事例として、コア技術である半導体製造技術を応用して、太陽電池やLEDなどの新しい製品を開発した企業が挙げられます。
また、人材も重要な資源です。社員のスキルやモチベーションの向上やコミュニケーションの改善により、組織全体のパフォーマンスを向上させられます。
外部環境の感知能力
外部環境の感知能力とは、自社の市場や顧客、競合他社などの動向を正確に把握し、危機やチャンスを早く見つけられる能力です。たとえば、ニーズがある場所をすばやくキャッチして適切なサービスを展開すると、売上につながります。
外部環境の感知能力を高めるためには、データ収集や分析などの手段を活用したり、自社だけでなく他社や他業界の事例を参考にしたりすることが有効です。
DXを推進する能力
DXとはデジタルトランスフォーメーションの略です。デジタル技術を使って経営や業務を変革することで、ダイナミックケイパビリティの強化につながります。なぜなら、DXは外部環境の感知能力を高めるだけでなく、限りある資源を活用することや組織を変容させられるためです。
店舗だけでサービスを売る場合は、その店舗がある地域のお客様しか来店できませんが、ECサイトなどを活用することで多くのお客様にアプローチできます。また、販売データを活用して売れる商品を可視化できれば、さらなる売上アップにつながるでしょう。
しかし、残念ながら多くの企業はDXを十分に活用できていません。DXを推進するためには、まず経営者の意思表明やビジョンの共有が欠かせません。それと同時に社員のデジタルスキルやマインドセットを育てることも必要です。
ダイナミックケイパビリティの成功事例
ダイキン工業
ダイキン工業は空調機のメーカーですが、ダイナミックケイパビリティを高めるために以下のような取り組みを行いました。
・R&Dと新技術選択プロセスにおける組織変革
研究開発部門と事業部門の連携を強化し、市場のニーズや技術動向を素早く感知することで、新技術の採用や開発方針の決定を迅速に行えるようにしました。
・企業組織の境界を越えた戦略的提携と外部技術の活用
自社では持っていない技術や知識を持つ他社と提携し、資源の共有や共同開発によって、新たな価値を創出。たとえば、フッ素樹脂事業で日本バルカー工業と資本提携し、環境配慮製品販売では、京セラと連携を図っています。
ユニクロ
ユニクロはカジュアルウェアの販売店ですが、ダイナミックケイパビリティを高めるために以下のような取り組み実施しました。
・他社との技術提携
自社では持っていない技術や素材を持つ他社と提携し、高品質で低価格な商品を開発しました。たとえば、吸湿発熱素材「ヒートテック」は東レとの共同開発です。
ホンダ
Hondaは自動車メーカーですが、ダイナミックケイパビリティを高めるために以下のような取り組みを行いました。
・既存の技術や強みを活かして作り上げることで新たな価値を想像
両社はそれぞれの技術や強みを組み合わせることで、従来のEVとは異なる新たな価値を創出しました。たとえば、EVの内装にはソニーの高画質ディスプレイが多数搭載され、運転中に映画やゲームなどを楽しめるのです。
まとめ
企業変革力を意味するダイナミックケイパビリティは、変化の激しい環境を生き残っていくうえで欠かせない取り組みだといえます。社会の不確実性や経済のグローバル化など、さまざまな変化に対応するにはこれまでの経営戦略にとらわれないことも重要です。
自社の組織力を活かし、競合他社への優位性を保つには綿密な情報収集と分析が欠かせませんが、同時に経営層が率先して経営戦略を立てていくことも大切です。さらに、ダイナミックケイパビリティの向上は、DXとも密接に関係している部分が大きいため、一体的に推進していくことも考えてみましょう。
時代の傾向や流れを正確に捉えることは難しいですが、競合他社も同じ環境にあるため、他社に対する優位性を継続的に保てる経営戦略を練っていくことが大事です。SWOT分析などのフレームワークを活用して、自社の企業変革力を高めていきましょう。
【ライター】
濱出 美里
株式会社ビジネスバンク
Entrepreneur事業部 事業副責任者
早稲田大学商学部にて経営学を専攻する井上達彦研究室に所属。「起業家精神とビジネスモデル」を研究テーマに、経営理論を学ぶと同時に研究対象におけるビジネスモデルの研究やそれにまつわる論文の執筆に励んでいる。
社長の学校「プレジデントアカデミー」のHPに掲載するブログの執筆、起業の魅力と現実を伝えるインタビューサイト「the Entrepreneur」にて起業家インタビューを行い記事を執筆している。
【監修】
黒田 訓英
株式会社 ビジネスバンク 取締役
早稲田大学 商学部 講師
中小企業診断士
早稲田大学商学部の講師として「ビジネス・アイデア・デザイン」「起業の技術」「実践起業インターンREAL」の授業にて教鞭を執っている。社長の学校「プレジデントアカデミー」の講師・コンサルタントとして、毎週配信の経営のヒント動画に登壇。新サービス開発にも従事。経営体験型ボードゲーム研修「マネジメントゲーム」で戦略会計・財務基礎を伝えるマネジメント・カレッジ講師でもある。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。日本ディープラーニング協会認定AIジェネラリスト・AIエンジニア資格保有者。経済産業大臣登録 中小企業診断士。