「いい製品を作ったが、価格競争で利益が出ない」 「安価な海外製品にシェアを奪われている」
これは、日本の多くの製造業が直面している課題です。
製品の品質(スペック)だけで差別化することが難しくなった今、「作って売る(売り切り)」だけのビジネスモデルは限界を迎えています。
そこで注目すべきなのが「ジレットモデル」、そしてその現代的な進化形である、ビジネスモデル図解の9分類における「設置ベースモデル」です。
なぜ、カミソリのジレットは本体をほぼ原価で配っても、莫大な利益を上げられるのか。
なぜ、建設機械のコマツはIoTを使って、ライバルが絶対に真似できない収益構造を作れたのか。
その秘密を、早稲田大学・井上達彦教授の「ビジネスモデル図解」のフレームワークを使って紐解いていきましょう。
1. ジレットモデルとは?定義・多くの人が陥る誤解

ジレットモデルとは、「本体(ハードウェア)を安く普及させ、それに付随する消耗品や保守サービスで継続的に利益を上げる」ビジネスモデルです。
カミソリメーカー「ジレット」が本体を低価格で販売し、専用替え刃で高収益を上げたことから、この名前で広く知られています。
ここで、多くの人が陥る誤解を先に整理しておきます。
「本体を安く売るだけでは、ジレットモデルではない。」
本体を安くすることは手段に過ぎません。
重要なのは、その本体があることで「消耗品や保守サービスを使わざるを得ない構造(ロックイン)」を設計することです。
この設計がなければ、ただ本体で損をしているだけです。
本記事では一般的に広く知られている「ジレットモデル」という言葉を中心に解説していますが、早稲田大学・井上達彦教授のビジネスモデル図解では、このモデルは「設置ベースモデル」と定義されています。
ジレットモデルは設置ベースモデルの最も代表的な形態ですが、設置ベースモデルはより広い概念であり、IoTやデータを活用した現代型の収益構造も含まれます。定義を正確に知りたい方は、ぜひ原著をご参照ください。
▶ 出典:井上達彦『ゼロからつくるビジネスモデル』(東洋経済新報社)
2. ビジネスモデル図解で見るジレットモデル(設置ベースモデル)
モデルの全体像をビジネスモデル図解で確認しましょう。
2-1. 本体を安く、消耗品で稼ぐ:最強のロックイン
このモデルの核となるのは、2つの異なる商品の組み合わせです。
- ベース製品(フック):本体機器。購入のハードルを下げるために安価、あるいは原価ギリギリで提供する。
- 消耗品・保守(回収):本体を使い続けるために不可欠なもの。ここで継続的に利益を上げる。
サブスクリプションモデルとの違いはここにあります。
サブスクは「サービスそのもの」に月額を払い続けるモデルですが、ジレットモデル(設置ベースモデル)は「ハードウェアという物理的な接点」を起点に、消耗品や保守という継続収益を生み出す構造です。
一度ベース製品が現場に設置されると、物理的な互換性がロックインとして機能するため、より強固な囲い込みが可能になります。

2-2. Jカーブを描く収益構造
この図で最も重要なのは、矢印の「太さの非対称性」です。
本体を渡す矢印は細く、消耗品・保守料が返ってくる矢印は太い。この非対称こそが、ジレットモデルの収益構造をそのまま表しています。
図解で見ると、矢印の太さ(利益貢献度)の違いが明確になります。
導入時は、企業から顧客へ「ベース製品」が渡りますが、ここの利益は薄いです(細い矢印)。
運用時は、顧客から企業へ「消耗品代」や「保守料」が継続的に支払われます(太い矢印)。
導入初期は利益が出にくいですが、設置台数(ベース)が増えれば増えるほど、雪だるま式に収益が積み上がる「Jカーブ」の成長曲線を描きます。
2-3. 「組み合わせの力」と「リカーリング」の融合
設置ベースモデル(ジレットモデル)をビジネスモデルの9分類で整理してみましょう。

注目すべきは、縦軸「価値の獲得」がリカーリング(継続)側にある点です。
つまりジレットモデルは、一度売って終わりではなく、売った後に継続収益が発生し続ける構造であることが読み取れます。
設置ベースモデル(ジレットモデル)=「組み合わせの力」による価値創造 ×「リカーリング」による価値獲得
ビジネスモデルの全体像や「価値創造×価値獲得」による9つの分類ついて、詳しくは下記の記事をご覧ください。
3. ジレットモデルの原点:なぜ「替え刃」は儲かるのか

このモデルの元祖は、カミソリの「ジレット」です。彼らはなぜ、本体を安く売ることで成功できたのでしょうか。
3-1. サンクコストが生む「使い続ける心理」
消費者は、高価な本体を買うことには慎重ですが、少額の消耗品を買うことには抵抗が少ない傾向があります。
一度本体(ホルダー)を手に入れてしまうと、「せっかく本体があるのだから」という心理(サンクコスト効果)が働き、専用の替え刃を買い続けることになります。
この心理を巧みに利用しているのが、コーヒーマシンの「ネスプレッソ」です。
高級感のあるコーヒーメーカーを手頃な価格で家庭に普及させ、利益率の高い「専用カプセル」を直販することで、巨大な収益基盤を築きました。
3-2. 「物理的なロックイン」がスイッチングコストを生む
設置ベースモデルの強さは、一度導入すると他社製品に乗り換えにくい(スイッチングコストが高い)点にあります。
プリンターのインクや、特定メーカーの工作機械の保守パーツなど、顧客は「使い慣れた環境」や「物理的な互換性」に縛られます。これを「ロックイン(囲い込み)」と呼びます。
しかしここに、このモデル最大の弱点が潜んでいます。
ビジネスの収益構造について、詳しくは下記もご覧ください。
4. ジレットモデルの落とし穴:互換品との戦い

ジレットモデルで高収益を築いた企業が必ずぶつかる壁があります。それが「サードパーティ(第三者企業)」による安価な互換品の出現です。
プリンターの「非純正インク」がその典型例です。
本体を安く売ったメーカーにとって、消耗品市場だけを他社に奪われることは致命的です。本体で損をしている分を回収できなくなるからです。
ここで多くの経営者が自問する疑問があります。
「ジレットモデルで高収益を維持し続けることは、本当にできるのか?」
答えは「対策なしには難しい」です。しかし、対策を講じた企業は、より強固な参入障壁を築けます。
その対策が「ブラックボックス化」です。
4-1. 物理的な特許によるロックイン
設置ベースモデルの元祖であるジレットは、競合他社が安い替え刃を出せないよう、「本体と替え刃の接合部(ジョイント)」の形状で特許を取得しました。
本体に特殊な機構を持たせ、純正の替え刃しかカチッとはまらないように物理的に設計し、さらにその構造を法的に守ることで、他社の参入を完全にブロックしたのです。
互換品リスクへの対策チェックポイントは以下のとおりです。
- 消耗品の接合部や形状に特許を取得しているか
- ICチップの埋め込みなど、電子的な純正認証の仕組みがあるか
- 純正品を使わないと保証が受けられない仕組みになっているか
4-2. デジタルなブラックボックス化:コマツが実現したIoTによる進化

物理的な特許による防御が「守りの戦略」だとすれば、コマツが実現したのは「攻めの戦略」です。
コマツの建設機械には「KOMTRAX(コムトラックス)」というGPS・通信システムが標準搭載されています。もともとは中国での盗難防止のために開発された機能でしたが、コマツはこれを「稼働管理システム」へと昇華させました。
KOMTRAXは、世界中の建機が「どこで、どれくらい動いているか」「燃料はどれくらい減っているか」というデータをリアルタイムで送信します。
これにより、コマツは顧客に対して「部品が壊れる前に交換する(予知保全)」という提案が可能になりました。
顧客にとっては「機械が止まるリスク」を回避でき、コマツにとっては「純正部品と保守サービス」を確実に受注できる。データによって強固なロックインを実現したのです。
互換品メーカーがいくら安い部品を作っても、「コマツのデータ解析サービス」までは複製できません。
これがデジタル時代のブラックボックス化の本質です。
ジレットモデルの失敗要因は、サードパーティによる安価な互換品の出現でしたが、「経営の失敗要因」にもメカニズムがあります。詳しくは下記もご覧ください。
5. ジレットモデルの成功事例:KOKUSAI ELECTRIC

半導体製造装置メーカーのKOKUSAI ELECTRICも、このモデルで高収益を上げています。
半導体を作る装置は、ナノレベルの微細な加工を行うため、定期的なメンテナンスや部品交換が欠かせません。
同社にとって、装置の販売は「設置ベース」を広げるための入り口であり、その後に続くメンテナンスや部品交換、改造などのサービス事業が重要な収益源となっています。
サービス事業の売上高は全体の2〜3割を占めますが、利益率は装置販売よりも高い傾向にあります。
景気変動の影響を受けやすい「装置販売(フロー)」に対し、「サービス(ストック)」は工場の稼働がある限り発生し続けるため、経営の安定化にも大きく貢献しています。
「どうやって売るか」ではなく、「売った後にどうやって顧客の現場に入り込み、なくてはならない存在になるか」。
製造業における設置ベースモデルの本質はここにあります。
その他の面白いビジネスモデルについて、詳しくは下記もご覧ください。
6. ジレットモデルを成功に導く「8つのチェックポイント」
ここまで、ジレットの替え刃・コマツのKOMTRAX・KOKUSAI ELECTRICのサービス事業という3つの事例を見てきました。
いずれにも共通していることがあります。
それは「本体を安くする」という戦略そのものが目的ではなく、その後の消耗品・保守サービスで確実に回収できる設計があって初めて成立するという点です。
「うちもジレットモデルで行こう」と動き出す前に、一度立ち止まって確認してほしいことがあります。
本体を安く売る決断をする前に、消耗品収益・ロックイン構造・継続収益の3つの軸が揃っているかどうかを点検してください。
以下のチェックリストは、ジレットモデルの設計が成立するかどうかを確かめるための8つの問いです。
すべての項目にチェックが入らないまま「まず本体を安く売る」という判断をすると、本体のコストを回収できないまま市場に出てしまうリスクがあります。
特に「ロックイン構造」の3項目は、後から設計し直すことが難しい領域です。製品の仕様確定前に確認することを強くおすすめします。
「経営の全体設計」について、詳しくは下記もご覧ください。
7. まとめ
設置ベースモデル(ジレットモデル)において、製品(ハードウェア)はもはや主役ではありません。
それは、顧客との関係をスタートさせ、継続的なサービスや消耗品を送り込むための「端末(デバイス)」に過ぎないのです。
しかし同時に、このモデルには互換品という構造的な弱点があります。
ジレットのような物理的な特許、コマツのようなデータを使ったデジタルロックイン。
この「ブラックボックス化の戦略」なしに、高収益を維持し続けることは難しいのです。
自社の製品を「売り切り」から「設置ベース」へと再定義できないか、そして設置した後に「どうやって互換品が入り込めない仕組みを作るか」まで含めて、ぜひ検討してみてください。
8. 関連するビジネスモデル
8-1. サブスクリプションモデル
サブスクリプションモデルとは、商品やサービスを「売り切る」のではなく、「使い続けてもらう権利」を定期的に提供し、継続的な対価を受け取るビジネスモデルです。
しかし、月額払いにするだけでは、サブスクリプションモデルではありません。
支払い方法を一括から月額に変えるだけでは、顧客にとっての価値は何も変わりません。単なる分割払いです。
サブスクリプションモデルが成立するには、顧客が「使い続けることで価値が増す体験」を設計し、離れられない理由を作ることが絶対条件です。
8-2. フリーミアムモデル
フリーミアム(Freemium)とは、「Free(無料)」と「Premium(割増・高品質)」を組み合わせた造語です。 サービスの基本機能を無料で提供し、一部のユーザーがより高度な機能や体験に課金する「二層構造の収益モデル」を指します。
しかし、無料で提供するだけでは、フリーミアムではありません。
「とりあえず無料で使えます」というだけのサービスは、フリーミアムではなく、ただの値引きか、ビジネスモデルの不在です。
フリーミアムが成立するには、無料ユーザーがビジネス上の「役割(集客装置)」を果たしていること、そして有料版に「課金せずにはいられない理由」が設計されていることが絶対条件です。
【ご利用上の注意・出典について】
本記事で解説している「ビジネスモデルの9分類」および図解のフレームワークは、早稲田大学 井上達彦教授の研究および著書(『ゼロからつくるビジネスモデル』東洋経済新報社 等)に基づいています。記事内の図解の一部は、同研究室の資料を参考に当編集部で作成しました。
出典:井上達彦『ゼロからつくるビジネスモデル』(東洋経済新報社)
参考:井上達彦研究室 公式資料
監修 / 黒田訓英
株式会社ビジネスバンク 取締役
早稲田大学 商学部 講師
経済産業大臣登録 中小企業診断士
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
日本証券アナリスト協会認定CMA
日本ディープラーニング協会認定 AIジェネラリスト/AIエンジニア
JDLA認定AIジェネラリスト/AIエンジニア
ライター / 酒井 颯馬
株式会社ビジネスバンク プレジデントアカデミー編集部
株式会社ビジネスバンク
プレジデントアカデミー編集部
起業家インタビューEntrepreneur事業部 事業責任者
起業家インタビューEntrepreneur事業部
事業責任者
早稲田大学 商学部 井上達彦 研究室






