競合も多く、各社が工夫を凝らしている中で、どうやったら新規性のあるビジネスモデルを作れるんだろうと頭を悩ませてはいませんか。
そんな方にぜひご紹介したいのが「模倣」という方法です。
一見すると、ただ真似をすることのように思えるかもしれませんが、実は模倣はスターバックスやアップルなど世界の名だたる企業も取り入れている、ビジネスにおいて大きな成果を生み出すことのできる手段の一つなのです。
今回の記事では、ビジネスにおいて競争に勝つための重要なテクニックの一つ、模倣について扱います。
模倣とは何かという基礎的な概念の説明から、実際にお手本となる企業のビジネスモデルを自社に導入するためのコツまで、網羅的に解説します。
また、実際に模倣を用いて成功したヤマト運輸とトヨタ自動車の事例を紹介します。
模倣とは
模倣とは、遠い世界の既知の事柄を自分の世界に持ち込むことです。
中でも、ビジネスにおける模倣は単に競合起業を真似することではありません。
同じ業界にいる成功事例から真似をしたとしても、二番煎じになってしまううえ、周りの人も容易に思いつくようなアイデアになってしまうため、競争に打ち勝つことは難しいでしょう。
しかし、異業種であれば固定観念にとらわれずに意外性のあるヒントを見つけることができるのです。
特に競争の激しい業界では、他業界の先行企業の成功事例を参考にして、迅速に成長する手段として構造的な模倣が活用されます。
模倣はイノベーションと対極に位置すると考えられることも多いですが、実際は両者は密接に関連しています。イノベーションは全く新しいアイデアを創造することのように思われがちですが、実際には他社のアイデアを構造的に捉えた上で、他の業界で模倣することがよく行われます。
トヨタ、スターバックス、アップルなど、模倣により市場で成功をおさめている企業をあげると枚挙にいとまがありません。
では、成功しやすい良い模倣の特徴とは何なのか。模倣先との関連性を構造的な側面と表面的な側面から考えてみます。
その際に、構造的には参考になるが、表面的には参考にならない事例こそが意外性があり、一見気づかれないような良い模倣と呼べるのです。
本記事で紹介する内容は、早稲田大学商学部教授である井上達彦教授の著作『模倣の経営学 偉大なる会社はマネから生まれる』日経BP社、で紹介されている事例を参考にしています。
より豊富な模倣の事例や様々なパターンにおける模倣の行い方に興味がある方は、ぜひこちらもご一読ください。
模倣の手順
ここからは、前述したような良い模倣を行うためには、どんなステップを踏む必要があるのかを大きく4段階に分けて解説します。
課題の抽出
良い模倣を成功させるために必要な最初のステップは、自社の課題の根本を正確に把握することです。
世の中に優れた企業は多くありますが、どの企業を模倣してもいいというわけではありません。一見すると事業や商品が似ていたとしても、外見につられてしまっては良い模倣にはつながりません。
自社の弱みが、取引構造や企業構造のどこから来ているものなのかをしっかりと理解する必要があります
企業を構造で捉える際に非常に有用なツールが、ビジネスモデル図解です。
自社と取引の相手方を含めたプレイヤーを図解化することで、多くの情報に彩られて見えづらくなっていた自社の本質をすっきりと見通すことができます。
ビジネスモデル図解については、こちらの記事で詳しく解説しておりますので、ぜひご覧ください。
模倣先の選択
2つ目のステップは、お手本となる成功企業や革新的なプレーヤーを特定することです。
模倣先の企業は、自社の業界に限らず他業界で成功しているビジネスが対象となります。
その際、自社にあった模倣先を選択するために必要なことは、最初のステップで見つかった自社の本質的な弱み・課題と照らし合わせて、その課題を解決できる企業を探し出すことです。
同じ業界からの模倣は、意外性のアイデアとはなりづらく、競争に打ち勝つことは難しい場合が多いです。そのため、一見遠いけれど、自社と商材の性質が似ていたり、ビジネスモデルが似ていたりする業界に目を向けてみることが大切になってきます。
自社と異なるビジネスを偏りなく俯瞰してみる際にも、最初のステップで紹介したビジネスモデル図解が有効になってきます。
こうして比較を進め、自社にあった模倣先を特定します。
模倣先の分析
模倣先の企業を選定した後は、そのビジネスモデルをより詳細に分析する必要があります。
まずは、徹底的な企業の情報集めです。
IR資料をはじめ、経営陣のインタビュー記事、各種メディアによる分析記事などを参照しましょう。つてを頼り、直接アポを取って模倣先企業の方やその業界にいる方にお話を聞くことも良いかもしれません。
表になかなか出ないような業界特有の事情や企業内で大切にされていることなどの有益な情報を踏まえて、自社への転用方法を検討することができます。
それら情報をまとめる際にビジネスモデル図解に反映していくことももちろん大切ですが、ビジネスモデルキャンバスを用いることも有効でしょう。
ビジネスモデルキャンバスとは、ビジネスモデルを「顧客」「価値提案」「インフラ」「資金」の4つの領域をカバーする9つの要素に分解し、それぞれがどのように関わっているかを描き出すフレームワークです。
このビジネスモデルキャンバスについても別の記事で詳しく解説しておりますので、ぜひご覧ください。
これらのフレームワークを用いながら、集めた情報を体系化し、模倣先企業の本質的な強みへの理解を深めます。
実際に模倣する
模倣を行う際には、ただ単にそのままの形で他社のモデルを採用するのではなく、模倣先企業の構造的な強みを生み出している部分に着目し、抽象化したうえで自社に導入する必要があります。
また、その際にはいくつかの重要な点に注意する必要があります。
法的リスクの回避
特許、商標、著作権など、知的財産権に関連する法律を遵守し、模倣が法的に問題ないか確認する必要があります。
特に、技術やデザインに関しては事前に弁護士に相談することが推奨されます。
自社の強みとの整合性
他社のビジネスモデルをそのまま採用してもうまくいかないことがあります。
自社の強みや資源に合わせて適応させることが成功の鍵となります。
たとえば、技術力が高い企業がマーケティング力に優れたビジネスモデルを模倣しても、成功するとは限りません。自社のリソースやスキルに基づいてモデルを調整する必要があります。
顧客ニーズの考慮
模倣先のビジネスモデルが自社の顧客に適しているかを慎重に検討する必要があります。
同じモデルが別の市場や顧客層に適用されるとは限らないため、顧客のニーズや市場の特性に基づいたカスタマイズが必要です。
これらの事項に留意しつつ、実際の模倣を進めていきましょう。
もちろん模倣が一度でぴったりと自社のビジネスにはまるとは限りません。
模倣先のビジネスの強みの源泉を見失わずに、自社のアセットや顧客ニーズ、市場環境などと照らし合わせて修正していく必要があります。
模倣の成功事例①ーヤマト運輸ー
今回は、実際に模倣を用いて経営を立て直した企業の例として「ヤマト運輸」を取り上げます。
ここでは、前の章で示した模倣の手順に照らし合わせて、「ヤマト運輸」がどのように模倣を成功させたのかを見ていきます。
ヤマト運輸における「課題の抽出」
まずは、ヤマト運輸が模倣に至った背景から見ていきましょう。
ヤマト運輸は1919年に設立され、戦前には近距離輸送で成功を収めていました。
その成功があったため、戦後に競合他社が長距離輸送に続々と参入していく中で後手を踏んでしまい、1965年には利益率が1.7%まで落ち込みました。
そこで、2代目社長の小倉さんがなぜ儲からないのかを徹底的に調べたところ、小口輸送の方が利益率が高いことがわかりました。
小倉さんが出張のついでに、こっそり大手ライバル支店をのぞきに行った際に、競合の方がヤマト運輸よりも小口輸送の割合が多いことも判明しました。
ヤマト運輸における「模倣先の選択と分析」
模倣先①「吉野家」
そこで、ビジネスモデルの改革を思い立った小倉さんが、実際に参考にしたのが牛丼の「吉野家」でした。
一見すると、全く交わることのない2社のように思えますが、小倉さんは吉野家のメニューが牛丼1つしかないことに着目したのです。
つまり、吉野家を単なる牛丼を提供する飲食店とは見ず、一つのメニューに絞ることで、成長を遂げている企業とみたのです。
当時のヤマト運輸は多角化を行うことで、利益率を落としていました。吉野家にヒントを得ることで、「利益率の高い個人の小口荷物しか扱わない企業」に変化していったのです。
模倣先②「USP」
同じ運送業として、「利益率の高い個人の小口荷物しか扱わない企業」に変化するとはいえ、その当時一般の個人から個人への宅配サービスというのは世の中に存在しませんでした。
今までとは依頼主や届け先のお客さんが変化するわけであり、今まで通りの配送網では無駄が多く出てしまうのは明白でした。
そこで様々な思考実験を繰り返していた中、小倉さんはアメリカ出張中に運命的な出会いを果たします。
それが、アメリカを拠点に今では世界200以上の地域に展開する物流企業UPSのトラックです。
小倉さんは、十字路にUPSの4台のトラックが止まっているのを見かけました。そこで、集配車両単位の損益分岐点があるのではと考え、ニューヨークにおける作業効率を算出しました。
それを、日本に当てはめることで日本でも1台当たりの集荷台数を増やせば絶対に儲かることを発見したのです。
つまり、海外の企業をモデリングし、それを日本にあてはめることで儲けの仕組みを作っていきました。
模倣先③「日本航空 ジャルパック」
しかし、日本初の一般の個人から個人への宅配サービスを成功させるためには、一般のお客さんに理解してもらい、利用してもらうことが必要です。
そこで参考にしたのが、日本航空の「ジャルパック」でした。
「ジャルパック」の新しさは、素人でも海外旅行に行きやすいように、切符や宿泊をパッケージ化したこと。
これを、単なる旅行サービスとは見ず、「パッケージ化」により成長を遂げている旅行サービスと見ました。
そこで、地域別均一料金と翌日配送という商品パッケージを生むことで、一般のお客さんにとって理解しやすく、利用しやすいサービスができたのです。
このように、「ヤマト運輸」はアメリカのUPSの輸送事業をベースに、吉野家の戦略やジャルパックの商品パッケージなど様々な企業の強みを分析し、自社に合わせて模倣することで、サービスを作り上げていきました。
ヤマト運輸における「実際に模倣する」
小倉さんは、ここまで作り上げたサービスを実現するために「サービスが先、利益は後」という明確な方針を打ち出しました。
これは、集配車両単位の損益分岐点を計算する中で、荷物の密度が高まるまではどうしても赤字が出てしまうという事に気づいていたためでした。
この決断に従いぶれずに宅急便事業に邁進したヤマト運輸は、取扱店数を毎年倍に増やしていき、開始4年目の1979年には重大な決断に至ります。それは、商業貨物の大口取引先2社との取引を解消し、小口の宅急便事業一本に絞るという決断でした。
こうした決断の結果、事業開始から5年目の1980年には宅急便事業は黒字化を達成しました。
模倣の成功事例②ートヨタ自動車ー
ふたつ目の事例は、「トヨタ自動車」です。
日本を代表する自動車会社である「トヨタ自動車」が、いったいどんな企業から何をどのように模倣したのか、ヤマト運輸の事例と同様に前の章で示した模倣の手順に照らし合わせて、見ていきます。
トヨタ自動車における「課題の抽出」
従来の生産の流れは、前工程が後工程に部品を供給するという発想で形作られていました。
これは、同じ商品を計画的に大量生産する工場においては理にかなった仕組みでした。
しかし、トヨタ生産システムの生みの親である大野さんは、この流れが違うものを少しづつ生産する自動車の製造ラインにおいては不合理であると考えました。
なぜなら、様々な車種を需要に合わせて作る自動車の製造ラインでは、その日に出荷する台数が毎日変化してしまい、その変化に対応できる在庫を工場で抱えることは、膨大なスペースを必要とするからです。
トヨタ自動車における「模倣先の選択と分析」
このように従来の生産方式に疑問を抱いた大野さんがヒントを得たのが、人づてに聞いたアメリカのスーパーマーケットの仕組みです。
当時日本は、「振り売り」や「御用聞き」などの訪問販売がまだ一般的だった時代でした。
そんな中で、売り子に強いられることもなく、セルフサービスで必要なものを必要なだけ棚から取っていき、購入できるスーパーマーケットは買い手にとっても画期的であり、売り手にとってもいつ売れるか不明なものを持ち運ぶ手間のいらない合理的な仕組みでした。
そんな仕組みを取り入れるべく、トヨタは1950年代から社内でスーパーマーケットの研究に着手し、その発想を生産現場で試すことにしたのです。
トヨタ自動車における「実際に模倣する」
トヨタ社内でスーパーマーケットの研究を進めた結果、「必要なものを、必要な時に、必要なだけ」後工程が前工程に引き取りに行くという仕組みが自動車工場で実用化されました。
これにより、購買者は余計なものまで引き取る必要がなくなり、供給者は引き取られた分だけ生産すればよくなったのです。
しかし、この仕組みはスーパーマーケットでも発生する新たな問題を生みました。
それは、同じ品物を一気に大量に購入することによって起きる品切れという問題です。
かといって、前工程が大量に在庫を取り置くのでは、在庫にかかる費用を下請けの部品メーカーに肩代わりしてもらっているにすぎません。
そこで大野さんは、後工程であるトヨタ自動車自身が生産量を可能な限り平準化する事を目指しました。
従来の常識では、自動車工場ではプレスの金型を交換する「段取り替え」に手間がかかり、その間ラインもストップしてしまうため、一度に同じ商品をたくさん作った方が効率がよいとされていました。
しかし、トヨタ自動車は「段取り替え」にかかる時間を大幅に短縮し、様々な車種の車を交互に生産できるようにすることで、平準化と多車種少量生産を両立したのです。
まとめ
この記事では、ビジネスモデルを模倣する方法をステップごとにお伝えし、ヤマト運輸とトヨタ自動車の事例についても紹介してきました。
ビジネスの成功には常に新しいアイデアや斬新なアプローチが求められがちですが、必ずしもゼロからの創造が必要というわけではありません。
模倣は、他業界や異なる事業モデルの中で成功している要素を取り入れることで、企業に新しい成長の機会をもたらす強力な戦略です。
模倣は単なる真似ではなく、他社のビジネスモデルや成功事例を徹底的に分析し、構造的な要素を抽象化して自社に適応するプロセスです。
模倣を行う際の重要なステップとして、自社の本質的な課題を正確に把握し、課題を解決するために適切な模倣先を選定することが挙げられます。
そして、模倣先のビジネスモデルを詳細に分析し、強みとなる部分を抽出することで、自社に最適な形で導入する準備が整います。
ただし、その際には法的なリスクや自社の強み、顧客ニーズとの整合性を考慮することが必須です。特許や著作権の確認、さらには市場の特性に応じたカスタマイズも重要な要素です。
さらに、模倣は一度で完璧な結果をもたらすものではなく、継続的な見直しと改善が求められます。
模倣したビジネスモデルが自社の資源や顧客に適しているかどうかを検証し、必要に応じて柔軟に調整することで、より成功の確率を高めることができます。
模倣は、単なる模倣にとどまらず、他社の成功事例を自社の成長に繋げるための強力なイノベーションの手段なのです。
この記事が読者の方の模倣への興味を掻き立て、実際に自分の企業に導入するきっかけになっていれば幸いです。
【ライター】
加藤 壮一郎
株式会社ビジネスバンク
Entrepreneur事業部
早稲田大学商学部にて経営学を専攻する井上達彦研究室に所属。「起業家精神とビジネスモデル」を研究テーマに、経営理論を学ぶと同時に研究対象におけるビジネスモデルの研究やそれにまつわる論文の執筆に励んでいる。
社長の学校「プレジデントアカデミー」のHPに掲載するブログの執筆、起業の魅力と現実を伝えるインタビューサイト「the Entrepreneur」にて起業家インタビューを行い記事を執筆している。
【監修】
黒田 訓英
株式会社 ビジネスバンク 取締役
早稲田大学 商学部 講師
中小企業診断士
早稲田大学商学部の講師として「ビジネス・アイデア・デザイン」「起業の技術」「実践起業インターンREAL」の授業にて教鞭を執っている。社長の学校「プレジデントアカデミー」の講師・コンサルタントとして、毎週配信の経営のヒント動画に登壇。新サービス開発にも従事。経営体験型ボードゲーム研修「マネジメントゲーム」で戦略会計・財務基礎を伝えるマネジメント・カレッジ講師でもある。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。日本ディープラーニング協会認定AIジェネラリスト・AIエンジニア資格保有者。経済産業大臣登録 中小企業診断士。