
原材料の高騰、人手不足、取引先の方針転換。
どれも一つひとつは対処できる出来事のように見えても、積み重なれば確実に経営を圧迫していきます。
気づけば利益が薄くなり、資金繰りが苦しくなり、社員の疲弊も見え始める。
それでも「もう少し頑張れば戻る」と判断を先送りにしてしまう。多くの中小企業が、こうして気づかぬうちに経営リスクを抱えています。
経営リスクとは、突然訪れる危機ではなく、日々の小さな変化が積み重なって形になるものです。
この記事では、経営の現場に潜むリスクを整理し、対策する方法を解説します。
経営リスクとは何か?まず全体像を見る

「経営リスク」という言葉を聞くと、地震や火災、サイバー攻撃といった突発的な危機を思い浮かべる人が多いでしょう。
「売上が減った」、「取引先との契約停止」、「社員が辞めた」これらもすべて経営リスクの表れです。
重要なのは、何がリスクなのかを把握し、優先順位をつけて備えることです。経営リスクは大きく4つの観点から整理できます。
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○×で気軽に10問。選ぶごとに次へ進み、最後にリスク判定をグラフで表示します。
① 事業リスク(売上構造・依存・市場変化)
最も基本的で、最も見落とされやすいのが「事業リスク」です。
特定の顧客や商品に売上の大半を依存していると、取引条件の変化や市場縮小によって一気に経営が揺らぎます。
また、競合の出現や価格競争によって利益率が急速に低下するケースも多いです。
例:主要取引先が海外移転して受注が半減/1店舗依存の飲食店が競合進出により売上激減
「売上の柱がいくつあるか」「どこに偏っているか」を定期的に棚卸すことが、最も基本的なリスク対策になります。
② 人材リスク(退職・採用難・属人化)
特定の社員にノウハウが集中していたり、キーマンが突然退職したりすると、組織全体が機能不全に陥ります。
また、慢性的な人手不足や採用難も経営リスクの一種です。新しい人が入ってこなければ、将来的に現場も経営も回らなくなります。
例:店長が急に辞めて店舗運営が滞る/特定社員しか分からない業務がブラックボックス化
仕組み化・マニュアル化・OJT制度などで属人化を減らすことが、「人材リスクの最小化」につながります。
③ 財務リスク(資金繰り・コスト上昇・金利変動)
資金が尽きれば、どんなに良い商品や人がいても経営は続きません。
多くの中小企業では、黒字倒産や資金ショートといった「資金繰りリスク」が実際の倒産要因の上位を占めています。
原材料費や人件費の高騰、金利上昇など見えないコストリスクにも注意が必要です。
例:仕入価格上昇を価格転嫁できず赤字化/融資金利上昇でキャッシュフローが悪化
売上や利益ではなく、現金の動きであるキャッシュフローを中心にリスクを管理することが、財務健全性を第一歩になります。
④ 外部リスク(災害・法改正・感染症・地政学)
最後に見逃せないのが、外部要因によるリスクです。
地震や台風などの自然災害、パンデミック、法改正、海外情勢の変化など、自社ではコントロールできないリスクがこれにあたります。
とくに2020年以降のコロナ禍は、多くの企業にとって経営リスク管理の重要性を痛感させました。
例:感染症で営業停止/仕入先の海外工場が止まり供給断絶
すべてのリスクを防ぐことはできませんが、「何が止まるとどんな影響が出るか」を事前にシミュレーションしておくことが、被害を最小化する鍵になります。
経営リスクを放置すると何が起こるか
経営リスクは、放置してもすぐに表面化しないことが厄介です。多くの中小企業が気づかないうちに、ゆるやかな衰退リスクを進行させています。
売上の減少や赤字よりも怖いのは、経営の構造そのものが弱くなることです。そしてそのリスクが顕在化したころには既に立て直せないような状態になっているでしょう。
判断が遅れ、チャンスを逃す
「忙しいから後回し」で教育や共有を怠ると、現場の中心人物が抜けた瞬間に業務が止まります。
また現場が経営の綻びに気づきキーマンが退職すると、特定の人にしか分からない仕事、曖昧なマニュアル、属人化したノウハウなどが一度に顕在化し「仕組みがなかった」と気づくことになります。
キャッシュが尽きると、信頼も尽きる
黒字でも、資金繰りを軽視すれば経営は続きません。支払いの遅れ、仕入れ条件の悪化、家賃や光熱費の上昇など。資金ショートは単なるお金の問題ではなく、取引先・金融機関からの信頼を一気に失う引き金です。
信頼を失えば、融資も新しい取引も止まり、経営が回らなくなっていってしまいます。
取れる選択肢がなくなり、最悪の結果も
判断を怠り、人が離れ、信頼が失われたあとに残るのは「選べない経営」です。
本当は守りたい店舗や社員を守れず、やむなく撤退や縮小を選ばざるを得ない。それが、リスクを放置する経営の終着点です。
小さな違和感に気づいた時点で動けるかどうかが、経営の分かれ道になります。
小さな違和感に気づけるかどうかは「経営を知っているかどうか?」が大きく影響します。
「経営とは何か?」について詳しくは下記をご覧ください。
小さなサインを見逃すことが致命傷になる
経営危機は突然やってくるものではありません。実際には、毎日の業務の中に「違和感」という形で何度もサインが現れています。
問題は、それを忙しさのせいにして見過ごしてしまうことです。
現場に現れるサイン

数字は定期的な観測でサインを汲み取れますが、現場にはもっと直感的な兆候が出ます。
- 店長やリーダーの口数が減り、報告が遅れ始める
- クレームや返品が増えるが、共有されない
- 採用広告を出しても応募が減っている
- 常連客の来店頻度が下がっている
これらは「システムのほころび」ではなく、「現場の温度低下」を示すサインです。
特に飲食業やサービス業では、顧客の空気感の変化が最も早い指標になります。
自社のリスクを見える化する方法
リスク管理というと難しく聞こえますが、やるべきことは「今の会社の構造を整理し、どこが止まると危険か」を把握することです。
ここでは、経営リスクを見える化する4つのステップを紹介します。
Step①:売上・利益の構造を棚卸する(主力事業・顧客・原価)
まずは「どこで稼ぎ、どこで支えているか」を整理します。Excelでも構いません。売上や利益を事業別、顧客別、商品・サービス別に分けて一覧化します。
当たり前に把握していると思っていても、棚卸をすると見えてこなかったリスクが露呈してくるでしょう。
例:
| 指標 | 計算式 | 目安 | 意味 |
|---|---|---|---|
売上高営業利益率 |
営業利益 ÷ 売上高 × 100 |
5〜10%以上(製造業) | 本業の採算性を示す。低すぎる場合は原価・販管費の構造見直しが必要。 |
ROA(総資産利益率) |
当期純利益 ÷ 総資産 × 100 |
5%以上 | 総資産を使ってどれだけ利益を上げているか。企業全体の“稼ぐ効率”。 |
ROE(自己資本利益率) |
当期純利益 ÷ 自己資本 × 100 |
8〜10% | 自己資本を使ってどれだけ効率的に利益を上げるかの指標。 |
ROIC(投下資本利益率) |
営業利益 ×(1−税率) ÷(有利子負債+自己資本) |
6〜8%以上が目安 | 投資した資本がどれだけのリターンを生んでいるか。資本コストを上回る必要あり。 |
数字にしてみると、どの事業が利益を支え、どの領域がコストを圧迫しているのかが見えてきます。
ここでの目的は「リスクの大小を勘ではなく数字で見る」ことです。そのあとにケータリングの受注が停止されたりした際のインパクト等を考えてみます。
Step②:依存度を数値化する(1社・1人・1商品依存)
次に、偏りを数値で表しましょう。
中小企業のリスクの多くは、収益や業務が特定の要素に集中していることにあります。
チェックすべき代表的な項目は3つです。
| 項目 | 依存度の目安 | 状態 |
|---|---|---|
売上上位1社の構成比 |
30%超 |
高リスク |
売上上位3商品の構成比 |
60%超 |
注意 |
特定社員への依存(例:厨房長・営業リーダー) |
代替不可 |
要対策 |
「誰か・何かが止まった時に、どの程度の影響があるのか」が明確になります。
Step③:「もし◯◯が止まったら?」で脆弱点を想定してみよう

ここでは、シナリオ思考で経営上の弱点を洗い出します。
たとえば飲食店なら、次のように考えます。
「もし主要取引先(仕入れ業者)が止まったら?」
「もし店舗の厨房リーダーが急に抜けたら?」
「もし競合店ができたら?」
現実にはすべてのリスクを防ぐことは不可能ですが、「どのリスクが起きたら最も困るか」を想定しておくことが、備えの第一歩です。
Step④:影響度 × 発生確率のリストを作り、優先順位をつける
最後に、リスクを「感覚」ではなく「優先順位」で整理します。
縦軸を「影響度(売上や信頼へのダメージ)」、横軸を「発生確率(実際に起こる可能性)」として簡単なマトリクスにプロットします。
| リスク項目 | 影響度 | 発生確率 | 優先度 |
|---|---|---|---|
主要顧客Aの契約減少 |
高 |
中 | ★★★ |
店長の離職 |
中 |
高 | ★★★★ |
原材料価格の上昇 |
中 |
高 | ★★★ |
店舗設備の故障 |
高 |
低 | ★★ |
この一覧をつくることで、どこから対策を始めるべきかが明確になります。
例えば実際にやめてしまう際のために人材を育てる、あるいは辞めないよう待遇を良くするなど、実際に打つ手が浮かんでくるのではないではないでしょうか。
自社のリスクを見える化するステップのように、リスク回避の「仕組み」を導入することは有効です。
「経営の仕組み化」について、詳しくは下記もご覧ください。
事例で学ぶ リスクを経営の軸に変えた中小企業
事例①:地方飲食チェーン(売上7割が店内飲食 → EC+テイクアウト展開
地方都市で4店舗を展開する飲食チェーンは、店内飲食が売上の約7割を占めていました。地域密着で固定客も多く、安定経営に見えたものの、近隣への大手チェーン出店で競争が激化。客単価が下がり始めた矢先にコロナ禍が直撃し、売上は7割減しました。
同様のことが起こっても、耐えられる事業にするため、まず社内で「店内以外の接点を増やす」というテーマを掲げ、テイクアウト・EC販売の両輪で再構築を始めました。
冷凍弁当・惣菜などの宅配商材を開発し、地元顧客にはLINEで注文を受け付け、遠方向けには自社サイトで販売を開始。初期はスタッフの手作業による対応でしたが、導入から3か月でEC売上が全体の15%を占めるまでに成長。
売上構成は最終的に「店内60%、テイクアウト30%、EC10%」へと変化し、外部環境の影響を受けにくい構造へと進化しました。
同時に、テイクアウト顧客が店内利用に戻るなど、チャネル間の好循環も生まれるようになりました。
| 企業タイプ | 主なリスク | 対応策 | 効果 |
|---|---|---|---|
地方飲食チェーン |
店内飲食への売上依存(チャネル集中) |
テイクアウト・EC展開によるチャネル分散 |
売上構成が多軸化し、収益安定性が向上 |
事例②:製造業(主要取引先の海外移転に備え、業種分散に成功)
地方の精密金属加工メーカーは、創業以来の主要顧客である自動車部品メーカー1社に、売上の約80%を依存していました。長年の取引実績に安心していたが、その企業が加工品の海外委託を始めたことにより発注量が減少。経営は一気に傾きました。
このとき経営者は初めて、「自社の技術力を1つの業界に閉じ込めていた」という構造的なリスクを自覚しました。
まず取り組んだのは、自社の加工技術を抽象化して捉え直し、「精密に削る」「小ロットを短納期で納める」といった強みを活かし、医療機器や半導体製造装置の部品加工に参入。展示会出展や地元金融機関の紹介で新たな顧客を獲得しました。
3年後には、売上構成が「自動車関連50%、医療機器30%、電子機器20%」となり、主要顧客依存度を半減することに成功しました。
| 企業タイプ | 主なリスク | 対応策 | 効果 |
|---|---|---|---|
精密加工メーカー |
特定取引先への依存(顧客集中) |
技術の横展開で業界分散(医療・電子機器) |
顧客ポートフォリオが拡大し、取引安定性が向上 |
上記のように成功事例から学ぶことなど、経営を学び続けることは、リスクを回避する上で欠かせません。詳しくは下記もご覧ください。
経営リスクを放置せず管理することが、強い企業の第一歩
経営リスクは、突発的な災害や市場変化だけでなく、日常の小さな歪みの積み重ねから生まれます。
「今月は少し利益が落ちただけ」「人が辞めたのは偶然」——そうした気づきの遅れが、やがて大きな経営危機につながるのです。
だからこそ、重要なのはリスクを認識して管理することです。
事業・人・財務・外部という4つの観点から自社を定期的に点検し、リスクの兆しを数字や現場の声として把握しておくことが、経営の安定を支える最大の防御になります。
経営リスクとは「恐れるもの」ではなく、「未来を設計するための情報」です。
見える化し、対策を積み上げていけば、どんな変化にも揺るがない強い企業へと進化できます。
監修 / 黒田訓英
株式会社ビジネスバンク 取締役
早稲田大学 商学部 講師
経済産業大臣登録 中小企業診断士
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)
日本証券アナリスト協会認定CMA
日本ディープラーニング協会認定 AIジェネラリスト/AIエンジニア
JDLA認定AIジェネラリスト/AIエンジニア
ライター / 國本 亘基
株式会社ビジネスバンク プレジデントアカデミー編集部
株式会社ビジネスバンク
プレジデントアカデミー編集部
起業家インタビューEntrepreneur事業部 事業責任者
起業家インタビューEntrepreneur事業部
事業責任者
早稲田大学 商学部 井上達彦 研究室





