1.はじめに
自社の事業が競争力を欠いてきた時、すでに走り出してしまっている事業をどう立て直したらよいか悩ましいのではないでしょうか。
この記事では、経営の悪化に悩む経営者の方を対象に、経営改善に向けたアプローチを多角的に紹介します。
初期の兆候を見逃さない重要性から始め、効果的な財務分析、コスト削減策、収益拡大戦略、資金調達方法、組織再編、そして長期的な成長戦略まで幅広く解説していきます。
2.経営悪化を示す5つの兆候
経営の悪化は突然起こるものではなく、多くの場合、予兆が少しずつ現れます。これらの兆候を早期に掴むことは、事業の継続性を守るための第一歩です。特に、中小企業の経営者が注意を払うべき5つの兆候について解説します。
経営者が注意を払うべき5つの兆候
- 売上の減少
継続的な売上減少は、多くの場合、競争環境の変化や自社商品が市場ニーズに合わなくなっている可能性を示唆します。特に、新規顧客の獲得が困難になっている場合は、商品やサービスの価値を見直す必要があります。この兆候は、季節変動では説明できない長期的な売上の下落に注意することで早期に発見できます。 - キャッシュフローの悪化
利益を出しているにもかかわらず、資金繰りが悪化している場合、経営リスクが高まります。特に、売掛金の回収遅延や在庫過多が要因となるケースが多いため、資金繰りの週次管理を徹底することが重要です。この兆候を早期に掴むためには、キャッシュフロー計算書を定期的に確認し、資金の流れを把握しましょう。 - 利益率の低下
売上は維持されているのに利益率が低下している場合、コスト増加や価格競争が原因である可能性があります。材料費や人件費が適正か、また価格設定が市場に合っているかを検討することで、問題の本質を特定する手がかりになります。 - 従業員の士気低下
離職率の上昇や、生産性の低下が見られる場合、組織の内部に問題が潜んでいるかもしれません。これには、リーダーシップやコミュニケーションの不足が影響していることがあります。従業員の声に耳を傾け、適切な改善策を講じることで、早期対応が可能です。 - 市場での競争力低下
市場シェアの縮小や競合製品の台頭は、自社の商品やサービスが市場ニーズに適応できていない兆候です。顧客フィードバックや競合分析を活用し、商品やサービスの再設計を検討することが求められます。
兆候を発見するための効果的な視点
これらの兆候を見逃さないためには、日々のデータモニタリングが鍵となります。SWOT分析や3C分析を用いることで、自社の強みと弱み、そして市場環境の変化を的確に把握できます。また、経営者自身が現場の声に耳を傾けることで、データだけでは分からない課題を掴むことも可能です。
経営の兆候を掴み、迅速な意思決定を行うことが、会社の未来を切り開くための大きな一歩となるでしょう。
以下に、前述した各兆候を見逃さないために見るべき具体的な指標を示します。是非参考にしてください。
注意を払うべき兆候 | 見るべき指標 |
1.売上の減少 | 月次PL(前年同月比、予実比) |
2.キャッシュフローの悪化 | 週次キャッシュフロー表、営業CF、財務CF、投資CF |
3.利益率の低下 | 粗利益率、営業利益率、 売上高総利益率(ROA)、セグメント別利益率 |
4.従業員の士気低下 | 従業員満足度調査(ES調査)、離職率、 有給休暇取得率、従業員生産性、社内コミュニケーション評価 |
5.市場での競争力低下 | マーケットシェア(市場占有率)、顧客満足度(NPSやCS調査)、リピート率、新規顧客獲得数、 価格競争力(価格弾力性) |
3.経営を立て直す6つのポイント
3-1.財務分析と現状把握
経営改善には、まず財務状況の正確な把握が欠かせません。中でも損益計算書を精査することは、会社の経営状態を正しく把握し、経営の立て直しに向けた第一歩となります。損益計算書の確認の際には次のようなステップを踏むようにしましょう。
損益計算書の確認ステップ
- 売上高に注目
損益計算書のトップラインである売上高は、会社の収益力を表します。売上が前年や前月に比べて減少している場合は、その原因を特定する必要があります。例えば、主力商品の需要低下、新規顧客の獲得難、あるいは競合の台頭が考えられます。 - 費用の内訳を確認
費用は、「売上原価」「販売管理費」「一般管理費」などに分かれています。それぞれの増減を前年や予算と比較し、無駄や削減可能な項目を特定しましょう。例えば、過剰な広告費や人件費の割合が高い場合は、それが利益率を圧迫している可能性があります。 - 利益率をチェック
「売上総利益率」や「営業利益率」といった指標は、会社がどれだけ効率的に利益を出しているかを示します。これらの数値が低下している場合、コスト構造の見直しや収益性の改善が必要です。 - その他経費に注意
「特別損益」や「支払利息」などの項目を確認し、予想外の支出が利益を圧迫していないかをチェックします。例えば、不要な借入金や使われていない設備の維持費があれば、それらを削減する方法を検討しましょう。 - 直近のキャッシュフローと併せて分析
損益計算書だけでなく、キャッシュフロー計算書も併せて見ることで、利益と実際の資金の流れを比較できます。黒字であってもキャッシュフローが悪化している場合は、売掛金の回収遅延や在庫の積み上がりに注意が必要です。

ここで、実際の企業がどのような財務的な課題を抱えており、それをどのように解消したのかを見てみましょう。
今回は、「株式会社ジョイフル」と「東洋インキSCホールディングス株式会社」の事例を取り上げます。
株式会社ジョイフルの事例
ファミリーレストランを展開するジョイフルは、新型コロナウイルスの影響や外食市場の競争激化を背景に大幅な業績悪化に直面しました。同社の課題は、売上が伸び悩む一方で、固定費である人件費や不採算店舗の維持費が経営を圧迫していた点にありました。対策としてジョイフルは、以下のような戦略を実施しました。
- 店舗網の再構築
約200店舗を閉鎖し、特に地方や都心部での需要が低い店舗を対象としました。この閉鎖は、詳細な店舗ごとの収益性分析に基づいて決定され、これにより不採算部門を効率的に整理しました。 - IT投資によるコスト削減
店舗運営の効率化を目的にタブレット注文システムを導入し、人件費を削減。これにより、オペレーションのスピードアップとコストの最適化を実現しました。 - メニュー戦略の改定
地域特化型メニューの導入やコラボレーション商品による販売促進活動を強化しました。これにより、地元の顧客をターゲットにした収益拡大を目指しました。
これらの取り組みの結果、ジョイフルはコスト構造の改善と収益基盤の強化を実現し、営業利益を大幅に回復させることができました。
東洋インキSCホールディングス株式会社の事例
製造業を手掛ける東洋インキSCホールディングスは、資金繰りの悪化が経営危機を招いていました。財務面での課題を抱えていた同社は、以下のような手段で再建に乗り出しました。
- 資産の売却
使用頻度が低く利益貢献の少ない固定資産を売却し、短期的なキャッシュフローの改善を図りました。この戦略により、運転資金を確保して財務の健全性を向上させました。 - 事業ポートフォリオの見直し
利益率の低い事業部門を縮小・整理し、収益性の高い中核事業へ経営資源を集中投下しました。この再配分により、収益構造の最適化を達成しました。
また、これらの施策に加えて、将来の成長を見据えた新技術開発への投資も行い、競争力を維持しながら安定した財務基盤の構築に成功しました。
これらの事例から学べるのは、危機的状況においては、徹底したデータ分析に基づく意思決定と、迅速かつ大胆な施策が不可欠であるという点です。
両社ともに、コスト削減や資産の再配置を進める一方で、顧客ニーズや将来の成長可能性を見据えた戦略的な投資を行うことで、経営の立て直しに成功しました。
3-2.コスト削減と効率化戦略
コスト削減は経営改善の基本ですが、その実行には慎重な戦略が求められます。
コスト削減の効果を最大限にするには、業務プロセスの無駄を徹底的に排除する必要があります。
たとえば、ITの活用を通じて業務を自動化し、効率を上げる方法が有効です。まず、固定費の見直しを行い、無駄な支出を削減することが第一のステップです。
人件費の最適化も考慮すべきポイントです。特に、外注業務の検討や、業務の一部を自動化することで大幅なコスト削減が期待できます。これにより、事業の収益性が向上し、将来的な安定性が高まります。
3-3.収益拡大策の検討
業績の改善には、収益拡大が欠かせません。
経営立て直しのために収益を拡大するには、自社の現状を正確に把握したうえで、多角的な戦略を組み合わせて実行することが重要です。
まず、既存事業の収益性を高めるため、製品やサービスの価値を見直し、市場ニーズに合致させることが求められます。顧客の声やデータ分析を基に、商品の付加価値を高めるか、価格設定を適切に調整することで、競争力を向上させられます。
同時に、新規顧客の獲得と既存顧客のリテンション(維持)を強化するために、マーケティング活動を拡充しましょう。デジタル広告やソーシャルメディアを活用して効率的なプロモーションを行い、ターゲット市場にリーチすることが鍵です。
また、事業の多角化も有効です。
例えば、新たな市場への進出や異業種との提携により、新しい収益源を創出できます。
さらに、無駄なコストを削減し、キャッシュフローを改善することで、収益性の向上を実現します。
このように、既存の強みを活かしつつ、新しい機会を追求する柔軟なアプローチが、収益拡大の基盤となります。

ここでは、「無印良品」と「サントリーホールディングス株式会社」の事例を基に、収益拡大策について理解を深めましょう。
無印良品株式会社の事例
無印良品(株式会社良品計画)は、日本国内市場の成熟を受け、海外市場への進出に注力して成功を収めました。その戦略の中心には以下のポイントがありました。
- 徹底したローカライズ戦略
無印良品は「グローバル市場は存在せず、ローカル市場の集合体」という視点を持ち、展開地域ごとに異なる消費者ニーズに対応しました。例えば、東南アジアでは、現地のライフスタイルに適応した商品(サイズや素材の調整)を開発することで、地域の支持を獲得しています。また、現地スタッフの採用や現地文化に根差した広告戦略も成功の要因です。 - 一店舗ごとの収益性確保
早期展開での失敗を教訓に、収益性を確保した上で店舗を拡大する「守りの戦略」に転換しました。一店舗ごとに黒字化を達成してから次の出店を進めるという手法により、着実な成長を実現しています。 - ブランド価値向上と物流最適化
「シンプルで高品質」というブランドイメージを維持しながら、物流体制を強化しました。例えば、物件選びでは自社で交渉を行い、コストを削減しています。これにより、収益構造を安定させました。
サントリーホールディングス株式会社の事例
サントリーは、国内市場の限界を感じ、海外市場と新事業領域への進出を通じて収益を拡大しました。特に以下の点が注目されます。
- 積極的なM&A(買収)活動
サントリーは、米国のビーム社を含む大手飲料メーカーを買収し、グローバルなブランドポートフォリオを構築しました。これにより、海外市場での収益基盤を強化し、特定地域への依存度を減少させています。 - ブランドの一貫性を重視した多角化
事業領域の拡大においても、「高品質」と「顧客志向」を共通の基盤とし、新しい製品ラインを展開しました。この一貫性が、消費者の信頼を維持する鍵となっています。 - 地域特化型のマーケティング
無印良品同様、サントリーも地域に応じた戦略を展開しています。例えば、アジア市場では健康志向の飲料が好まれるため、商品開発をローカライズしています。また、現地のパートナー企業との連携も重要な成功要因です。
これらの企業は、一見自社とはかけ離れた規模であてにならないように思えるかもしれませんが、どんな企業にとっても応用可能な以下のような教訓も含まれているのです。
- ローカル市場への適応:顧客ニーズを徹底的に分析し、地域特化型の商品やサービスを開発。
- 収益の多角化:新たな市場や分野への進出を通じてリスク分散。
- ブランド価値の維持:一貫性のある価値観を顧客に提供し、信頼を築く。
このように多様なお手本に倣い、戦略を実践することで、競争の激しい市場環境でも着実な成長が見込めます。
3-4.資金調達と財務戦略
資金調達も、経営再建の重要な要素です。
短期的な資金確保が急務である場合、銀行融資の再交渉や、返済計画の見直しが考えられます。特に、融資の返済期間の延長や、金利の低減を交渉することで、月々のキャッシュフローの負担を軽減することが可能です。
資金調達の選択肢には、クラウドファンディングやファクタリングなどもあり、これらの方法を柔軟に活用することで、資金繰りを安定させることができます。企業にとって最も適した財務戦略を選択することが、長期的な経営安定に直結します。

3-5.組織再編と人材活用
経営の立て直しにおいて、組織再編と人材活用は重要なステップです。
まず、従業員のスキルセットを徹底的に評価し、それに基づいて適材適所の配置を行うことが必要です。
例えば、業務内容に応じた従業員の再配置により、効率性を高め、無駄を削減することが可能です。その際、スキルギャップが判明した場合には、具体的な研修プログラムやOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を実施し、従業員の能力向上を図ります。
さらに、社内コミュニケーションの強化も組織の活性化には欠かせません。
定期的なミーティングや意見交換の場を設け、従業員が組織全体の目標やビジョンを共有できるようにすることが重要です。このような透明性のある環境は、従業員のエンゲージメントを高め、主体性を促します。また、リーダーシップ研修や階層ごとのマネジメント強化を行うことで、現場の意思決定スピードを向上させるとともに、部門間の連携を強化できます。
一方、既存の組織構造が変化に対応できない場合には、部門の統廃合や新しい役職の導入を検討することも有効です。こうした改革は短期的には負担となるものの、長期的には柔軟性のある組織構造を構築し、競争力を高める基盤となります。
これらの取り組みを通じて、会社全体の効率性を向上させるだけでなく、従業員のモチベーション向上や持続的な成長を実現できるでしょう。
3-6.事業再構築と長期成長ビジョン
経営の立て直しには、短期的な改善にとどまらず、長期的な成長を見据えたビジョンを描くことが重要です。まず、自社の事業ポートフォリオを見直し、収益性や成長性の低い領域から撤退する一方で、市場拡大が見込まれる分野や、自社の強みが活かせる領域へのリソース配分を強化します。例えば、デジタル化の波を活用し、データ分析を通じて顧客ニーズを的確に把握することで、新たなサービスモデルを構築することが考えられます。
さらに、既存市場だけでなく、新市場の開拓にも注力する必要があります。海外進出や新しいターゲット層へのアプローチを検討し、現地市場やニッチな需要に適応した製品やサービスを展開することで、収益基盤を広げられます。また、成長分野への投資として、環境に配慮した事業やサステナビリティを意識した取り組みを推進することも競争優位性の確保につながります。
加えて、技術革新を取り入れることも不可欠です。AIやIoTなどの先進技術を活用し、業務効率を高めるだけでなく、新たな顧客価値を提供できるビジネスモデルを構築することが可能です。例えば、サブスクリプションモデルの導入やエコシステムの構築を通じて、安定的な収益を確保する方法が挙げられます。
これらの取り組みを成功させるには、明確なロードマップを設定し、実行可能な戦略に落とし込むことが必要です。さらに、全社的な意識共有と柔軟なマネジメントを通じて、変化する市場環境にも迅速に対応できる企業体質を築くことが、持続可能な成長への鍵となります。

4.まとめ
経営環境が急激に変化する中で、事業の立て直しは多くの経営者にとって避けられない課題です。
この記事では、経営悪化の兆候を見逃さないことから始まり、財務分析、コスト削減、収益拡大、資金調達、組織再編、そして長期的な成長戦略まで、具体的なステップを解説してきました。
以下に、経営立て直しのために実行すべき行動をまとめたチェックリストをまとめたので、ぜひ参考にしてみてください。
経営立て直しのための10の行動
- 売上データを過去3年分比較し、減少傾向や主力商品の課題を特定する。
- キャッシュフローを週単位で管理し、資金繰りのリスクを即座に把握する。
- 不採算事業や不要な資産を整理し、経営リソースを最適化する。
- 顧客フィードバックをもとに製品やサービスの価値を再評価する。
- 収益性の高い分野に人材や予算を集中配分する。
- 全従業員と課題や目標を共有するための定期ミーティングを実施する。
- ITツールを活用し、業務の効率化とコスト削減を進める。
- 新たな収益モデルやマーケティング施策で新規顧客を開拓する。
- 銀行融資やクラウドファンディングを活用して資金調達を見直す。
- 長期的なビジョンを設定し、具体的な行動計画を全社で共有する。
これらの行動を計画的かつ迅速に実行することで、事業再生への一歩を踏み出すことができます。成功には、経営者自身が現場に目を向け、変化を恐れず新たな可能性を追求する姿勢が求められます。この記事が、経営の再建と未来の成長に向けたヒントとなることを願っています。
【ライター】
加藤 壮一郎
株式会社ビジネスバンク
Entrepreneur事業部
早稲田大学商学部にて経営学を専攻する井上達彦研究室に所属。「起業家精神とビジネスモデル」を研究テーマに、経営理論を学ぶと同時に研究対象におけるビジネスモデルの研究やそれにまつわる論文の執筆に励んでいる。
社長の学校「プレジデントアカデミー」のHPに掲載するブログの執筆、起業の魅力と現実を伝えるインタビューサイト「the Entrepreneur」にて起業家インタビューを行い記事を執筆している。
【監修】
黒田 訓英
株式会社 ビジネスバンク 取締役
早稲田大学 商学部 講師
中小企業診断士
早稲田大学商学部の講師として「ビジネス・アイデア・デザイン」「起業の技術」「実践起業インターンREAL」の授業にて教鞭を執っている。社長の学校「プレジデントアカデミー」の講師・コンサルタントとして、毎週配信の経営のヒント動画に登壇。新サービス開発にも従事。経営体験型ボードゲーム研修「マネジメントゲーム」で戦略会計・財務基礎を伝えるマネジメント・カレッジ講師でもある。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。日本ディープラーニング協会認定AIジェネラリスト・AIエンジニア資格保有者。経済産業大臣登録 中小企業診断士。