スタートアップ企業のビジネスモデルの策定はどのように行えばよいでしょうか?
今回は、スタートアップ企業がビジネスモデルを策定し、可視化する際に役立つフレームワークとしてリーンキャンバスを紹介します!
- リーンキャンバスとは
- リーンキャンバスの描き方
- 課題(Problem)~顧客の課題は何か~
- 顧客セグメント(Customer Segments)~顧客は誰か~
- 独自の価値提案(Unique Value Proposition)~課題を解決する価値はあるか~
- 解決策(Solution)~どのように顧客の課題を解決するか~
- チャネル(Channel)~価値をどのように顧客へ届けるか~
- 収益の流れ(Revenue Streams)~どのようなタイミングでいくらかの収益を獲得するか~
- 主要指標(Key Metrics)~成功を測る指標は何か~
- コスト構造(Cost Structure)~価値を提供するのにどのくらいのコストがかかるか~
- 圧倒的な優位性(Unfair Advantage)~他社が真似できない強みは何か~
- リーンキャンバス作成の注意点
- まとめ
リーンキャンバスとは
リーンキャンバス(Lean Canvas)とは、スタートアップ企業が効率的にビジネスモデルを策定し、可視化するためのフレームワークです。
「Runnig Lean(ランニング・リーン)実践リーンスタートアップ」の著者で起業家のアッシュ・マウリャ氏によって提唱されたもので、トヨタの生産方式でも有名な「リーン」(無駄を排除する)という概念に基づいています。
リーンキャンバスは、「ビジネスモデル・キャンバス」の構成要素のうち、スタートアップ企業にとって重要である項目のみを抜き出したものです。
リーンキャンバスは、ビジネスモデルキャンバスをベースに、新規事業開発の無駄を減らす「リーン・スタートアップ」の考え方を反映させたものであり、「Runnig Lean(ランニング・リーン)実践リーンスタートアップ」の中で紹介されています。
ビジネスモデル・キャンバスの構成要素の「価値提案」に代わって「独自の価値提案」に、「顧客との関係」に代わって「圧倒的な優位性」に、「主なリソース」に代わって「主要指標」に、「主な活動」に代わって「ソルーション」に、「主なパートナー」に代わって「課題」に、それぞれ置き換えられています。
リーンキャンバスは、もっとも不確実性が高く、もっともリスキーな環境で事業を立ち上げるケースを想定して開発されているため、特にスタートアップ企業のようなリスキーな事業を展開する企業を対象にしているといえます。
リーンキャンバスを用いるメリット
短時間で作成できる
数十ページにもおよぶ事業計画書の作成には膨大な時間がかかりますが、1ページにビジネスモデルの要点をまとめるリーンキャンバスなら短時間で作成することが可能になります。
リスクを回避できる
不確実性が高い新規事業では、リスクを最小限に抑えることがカギとなります。
リーンキャンバスは、スタートアップ企業が陥りやすい失敗要因を網羅していることから、失敗のリスクとなる要因を網羅的にチェックし、リスクを回避することが可能になります。
ビジネスモデルを共有しやすくなる
ビジネスモデルの全体像を共有することは容易ではありません。
例えば、マーケティングに携わる人は「顧客視点」から、製造業のエンジニアなら「製品や技術」から考える傾向があり、コンサルタントなら「収益」を重視しがちです。
そうなると議論がかみ合わないのは当然で、協力して補完し合おうにも、お互いの意図を正しく理解して全体像を共有することが非常に難しくなってしまいます。
リーンキャンバスを活用することによって、偏りなく客観的かつ効率的にビジネスモデルを考えられるようになり、他の人の考え方を理解するのにも役立ちます。
つまり、異なる言語と価値観を持つ人々が互いを理解し、ビジネスモデルを共有することが可能になるのです。
何度でも描き変えられる
顧客情報が少ない新規事業では、時間をかけて精緻に事業計画書を作成するよりも、小さな仮説検証を繰り返しながら軌道修正していくことが重要です。
数十ページにわたる事業計画書を修正するのには骨を折りますが、リーンキャンバスであれば容易に修正が可能です。
リーンキャンバスの描き方
課題(Problem)~顧客の課題は何か~
まず、自社が解決を図ろうとしている顧客が抱えている課題を1〜3つ書き出します。
顧客が解決したい課題は何か。「バーニングニーズ」(切迫したニーズ・課題)を特定できるのが理想です。
ただし、全て正しい内容で埋めようとする必要はありません。想定する顧客の課題を、後からアンケートやインタビュー調査で検証するので、正しく埋めようとするあまり、時間がかかりすぎてしまうことは避けましょう。
既存の代替品(Existing Alternatives)~課題を解決する既存サービスはあるか~
「課題」欄には補足として「既存の代替品」という項目があります。この項目では、顧客が現在、目的を達成するために使っている製品やサービスを特定します。
競合他社の製品だけでなく、「顧客が現在どのようにして課題を解決しているか」に焦点を当てましょう。
例えば、新しいクラウドツールの競合相手は、他社のクラウドツールではなく、Excelやスプレッドシートの場合もあります。
新しい製品の価値を創出するためには、既存の代替品に対する「不満」を理解することが重要です。
これにより、顧客の強いニーズや独自の価値提案を考えるヒントを得ることができます。
顧客セグメント(Customer Segments)~顧客は誰か~
顧客セグメントは「どのような顧客の課題を解決するか」を特定する項目です。
少ない経営資源のスタートアップや新規事業では、最初から広範なターゲット層を狙うことは難しいため、「選択と集中」が重要です。
初期段階では、共通のニーズを持つ顧客層を大まかにでも特定し、可能な限りターゲットを絞り込みましょう。
アーリーアダプター(Early Adopters)~最初の顧客は誰か~
「顧客」欄の中に補助として、「アーリーアダプター」という項目があります。
アーリーアダプターとは、新しい製品の普及段階において、情報感度が高く、問題解決のために新しいサービスを積極的に取り入れる人々のことを指します。
アーリーアダプターは、ターゲットとなる顧客の中でも、最優先でにアプローチするべき対象となります。
スタートアップや新規事業が成功するためには、顧客が何を求めているのかを把握することが重要です。
自社の製品やサービスのアーリーアダプターとなるのはどのような顧客層かを考えてみましょう。
独自の価値提案(Unique Value Proposition)~課題を解決する価値はあるか~
価値提案(UVP)とは「ユニーク・バリュー・プロポジション」、つまり独自の価値観を示す項目です。
自社で考えているサービスが、他社とどのように差別化できているのか、他社にはない自社だけの価値とは何かを考えて記載しましょう。
しかし、「リーン・スタートアップ」の提唱者であるエリック・リース氏は、この項目がリーンキャンバスにおいて最も重要であり、そして難しい部分だと述べています。
思いつかない場合は、無理に埋めようとせず、一度この項目はとばして次のステップに進んでみましょう。
ハイレベルコンセプト(High Level Concept)~コンセプトを一言で説明するとどのような表現になるか~
「独自の価値提案」欄には、「ハイレベルコンセプト」という補助項目があります。
ハイレベルコンセプトは、新製品のコンセプトを短く端的に表現したキャッチフレーズのことで、「ハイコンセプトピッチ」とも呼ぶこともあります。
新製品はその新しさゆえにイメージが伝わりにくいことがありますが、アイデアを一言で説明する表現を考えてみましょう。
解決策(Solution)~どのように顧客の課題を解決するか~
解決策では、課題に対する具体的な解決方法を書き込みます。
解決方法は1つに絞り込むのではなく、3つほど記載しておくことをおすすめします。
しかし、仮説を検証する前に正しい解決方法を見つけるのはとても難しいと思います。
ですので、詳細な内容ではなく、大まかな内容や要点を簡潔に書き込んでおくだけでも問題ありません。
チャネル(Channel)~価値をどのように顧客へ届けるか~
自社と顧客が接点を持つための経路を記載する項目です。
どのようなチャネルでタッチポイントがあるのか、ユーザーの導線をイメージして検討してみましょう。
ただし、一般的にスタートアップの場合、チャネルの選択肢は多くありません。
そのため、詳しいな内容ではなくても「機会を増やすためにはどうすれば良いか」という視点で考えてみましょう。
収益の流れ(Revenue Streams)~どのようなタイミングでいくらかの収益を獲得するか~
収益の流れでは、どのように利益を得るのかを書きます。
「誰から」「どのように」利益を生み出すのかを書き出し、より詳細な「単価」「人数」「顧客あたりの利益」などを予想し、一度の取引でどのくらいの収益が見込めるのか考えてみましょう。
また、数年後の価格帯を予測して記載するのではなく、サービスを開始する時点の価格で記載するようにししましょう。
収益モデルの例
・製造販売
・小売
・合算
・継続
・フリーミアム
・設置ベース
・広告
・補完財プラットフォーム
主要指標(Key Metrics)~成功を測る指標は何か~
主要指標では、事業の成功を測るための目標値、KPIを設定します。
主要指標を記載する際には、AARRRモデルのフレームワークを利用するのもおすすめです。
Acquisition(獲得) カスタマーの獲得(何も知らなかった人が見込み客になった)
Activation(アクティベーション) 利用の開始(見込み客が満足のいくユーザー体験したとき)
Retention(定着) 利用の継続
Revenue(収益) 購入・収益の発生
Referral(紹介) 顧客から他者への紹介
自社のビジネスモデルに合わせて、それぞれをイメージして書き込みましょう。
コスト構造(Cost Structure)~価値を提供するのにどのくらいのコストがかかるか~
コスト構造では、実際に製品を出す前にかかる費用を書きます。
製品を出す前にかかる費用の例として、以下の6つが挙げられます。
費用例
顧客獲得費用
流通費用
サーバー管理費
人件費
広告費用
開発費
上記の項目はサービスや製品によって異なるので、自社のビジネスモデルを確認した上で記載してください。
また、コスト構造は、比較的初期費用として大きな設備投資が求められるビジネスモデルを検討している場合に重要です。
初期費用を抑えられるビジネスモデルであれば、簡易的に記載しておいても問題ありません。
圧倒的な優位性(Unfair Advantage)~他社が真似できない強みは何か~
最後に、競合に対して自社が圧倒的に優位である箇所を記載します。
ただし、本項目についてはPMF(製品が特定の市場において適合している状態)を達成し、事業を拡大していく時期に必要な項目なので、仮説を検証する前に埋められていなくても問題ないでしょう。
リーンキャンバス作成の注意点
リーンキャンバスの作成では、以下の4つの注意点を意識しましょう。
- 全項目を埋めようとしない
- 正しさにこだわらない
- 短時間で書き上げる
- 何度も書き直す
これらの注意点を守ることで、リーンキャンバスを有効に活用できます。以下にそれぞれの注意点について具体的に解説します。
全項目を埋めようとしない
リーンキャンバスは、最初から全ての項目を埋める必要はありません。
検証を繰り返しながらブラッシュアップし、少しずつ記入していきましょう。
ただし、事業の土台となる「顧客セグメント」「課題解決」「価値提案」は必ず記入するようにしてください。
「価値提案」は重要な項目ですが、他の項目を記載した後で記入しても問題ありません。
また、リーンキャンバスは仮説を基に作成するものですので、複数のアイデアを記載しておくことも良い方法です。
全ての項目を一度に埋める必要はないので、柔軟に取り組んでください。
正しさにこだわらない
リーンキャンバスは、最初から完璧なものを作成する必要はありません。
重要なのは、仮説検証を行いながら徐々に内容を洗練していくことです。
各項目については、仮説に基づいて簡略に記入し、実際の検証を経て必要に応じて部分的に修正したり、場合によっては一から考え直すこともあります。
したがって、最初の段階で完璧を追求しすぎると、かえって非効率になる可能性があります。
修正を繰り返すことを前提に、柔軟に取り組みましょう。
短時間で書き上げる
リーンキャンバスは短時間で書き上げることを心がけましょう。
目安としては約10分で書き上げ、どんなに時間がかかっても30分以内に完成させることを目標にしてください。
長時間かけて考えるのではなく、フォーマットに沿ってシンプルに書いていきます。
各項目は短文で表現するようにし、必要であれば箇条書きを利用して分かりやすく伝えましょう。
もしどうしても長文になってしまう場合は、別紙にメモとして詳細を書き出しておき、後から簡潔にまとめてリーンキャンバスに反映させると良いでしょう。
何度も書き直す
リーンキャンバスは、一度で完璧に仕上げるものではなく、何度も改善しながら書き直していくものです。
特に、課題や顧客セグメント以外の項目については、具体的にイメージしづらいことも多いので、最初は具体的に記載できなくても問題ありません。
各項目を繰り返し見直し、修正していきながら、リーンキャンバスを完成させましょう。
初めから完成形を求めず、修正を前提として柔軟に取り組むことが大切です。
まとめ
リーンキャンバスは、スタートアップ企業がリスクを回避しながらも効率的にビジネスモデルを策定し、可視化することができます。
リーンキャンバスを描くメリットや、描き方、注意点をしっかりと理解して、不確実性の高い中でも成功に導けるビジネスモデルを策定していきましょう!
【ライター】
濱出 美里
株式会社ビジネスバンク
Entrepreneur事業部 事業副責任者
早稲田大学商学部にて経営学を専攻する井上達彦研究室に所属。「起業家精神とビジネスモデル」を研究テーマに、経営理論を学ぶと同時に研究対象におけるビジネスモデルの研究やそれにまつわる論文の執筆に励んでいる。
社長の学校「プレジデントアカデミー」のHPに掲載するブログの執筆、起業の魅力と現実を伝えるインタビューサイト「the Entrepreneur」にて起業家インタビューを行い記事を執筆している。
【監修】
黒田 訓英
株式会社 ビジネスバンク 取締役
早稲田大学 商学部 講師
中小企業診断士
早稲田大学商学部の講師として「ビジネス・アイデア・デザイン」「起業の技術」「実践起業インターンREAL」の授業にて教鞭を執っている。社長の学校「プレジデントアカデミー」の講師・コンサルタントとして、毎週配信の経営のヒント動画に登壇。新サービス開発にも従事。経営体験型ボードゲーム研修「マネジメントゲーム」で戦略会計・財務基礎を伝えるマネジメント・カレッジ講師でもある。
日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。日本ディープラーニング協会認定AIジェネラリスト・AIエンジニア資格保有者。経済産業大臣登録 中小企業診断士。