すべてがデザインに繋がっていく
株式会社SAMURAI / 佐藤可士和
もちろんデザインを考えるためには豊富な美術的な知識を持ちあわせていることが絶対条件です。しかし、自分が作りたい作品を作っているだけでは自己満足で終わってしまいます。自分にはデザインの依頼をしてくれるクライアントがいて、そのクライアントの求めていることを形として世の中に提示できるようにコンセプトを考え、それに基づいてイメージを膨らませていきます。言い換えれば、お医者さんのような感じですね。医者が患者の状況や希望を総合的に判断して薬を処方するように、僕はクライアントの課題やニーズにあわせてデザインを処方しているんです。自分の好きなデザインに当てはめていくというよりも、目の前の企業の問題を解決していくための手段がデザインなのです。実際自分がやっている仕事は企業と社会を結ぶコミュニケーションのコンサルティングだと思っています。
博報堂では11年間働いていました。広告を考えるということに魅力を感じて入社したんですが、広告だけが好きというわけではない事に10年くらいかけて気づいたんです。デザインの中には、空間のデザイン、プロダクトのデザイン、広告のデザインなど様々な分野があります。しかし博報堂は広告代理店ですから、当然ながら広告のデザインしか出来なかったんです。広告をデザインするなら、商品のネーミングやパッケージなど、その他の部分もトータルでデザインしたほうが効果的ではないのかと、すごく疑問に思っていました。今でこそ商品開発のようなプロジェクトも広告代理店が手がけていますが、当時はそんなことは頼まれていないので出来ません。でも幸いにも、飲料メーカーから商品開発から関わってほしいという依頼をご指名いただいて、商品のコンセプトから名前、パッケージ、味の方向性、広告戦略、店頭POPまで一貫して自分がデザインすることが出来たのです。そしてその商品はとてもヒットしたのです。 商品に関わるすべてのデザインをトータルディレクションすることが出来て、結果としてお客様が求めていたものに答えることが出来たこの経験は、広告だけではなく、もっと広いフィールドでデザインの力を活用した方が人々の役に立てたり、社会に新しい価値を提供できるのではないかと感じました。それが、独立のきっかけです。
リスクは考えませんでしたね。博報堂に入社して、11年目でしたが、広告業界の賞もたくさんいただいていたので、先輩たちの例を見ても自分が独立するのは、そんなに不思議ではなかったですね。色んな意味でリスクはあったかもしれないけど、やめた途端に仕事がなくなっちゃうのでは?という心配はありませんでした。逆にその前からなんで独立しないの?と周囲からは思われていました。
魅力はすごく感じています。まず、自分は色々な経営者の方と直接仕事をさせていただいていますが、皆さん非常にダイナミックな判断と繊細な視点をあわせ持ち、ビジョンがはっきりしていらっしゃいます。僕自身は、独立したという感覚が大きく、あまり起業したという意識ではないのですが、それでも小さいながら会社を経営していると経営の感覚がわかりますね。博報堂にいるときは、自分のやった仕事と、給料が直接的に結び付いている感じは全くなく、会社が大きすぎて、コストの感覚も全く持っていませんでした。自分で経営すれば、コピー用紙一枚から自分で買う事になる。家賃を支払ったり、スタッフの給料も考え、コンピューターも買わないといけないしなど、当たり前のことですが、そういうことがリアルにわかり、この感覚を知ったのは、とてもよかったと思います。