きっかけは逆上がり
有限会社スポーティーワン / 水口 高志
やっぱりまだ体育を授業としてとらえる傾向にありますからね。跳び箱8段跳べたから10点、7段だから9点みたいに。
ほかの勉強と違って、体育はできるかできないかがみんなによく見えるじゃないですか。ほかの勉強だったらね、テストの点数を隠すこともできますけど(笑)体育は、跳び箱が跳べる跳べない、プールで泳げる泳げない、足が速い遅い、一目瞭然ですからね。
そうするとできない子たちは、『なんで自分はできないんだ』と思ってしまう。だから、小学校の先生には、まずどうしてこういう運動をするのか、その意味をよく教えてあげて欲しいですね。たとえば、跳び箱であれば、もともと、転んだ時に手がすぐに出るようにと教え始めたものなんです。自分の身は自分で守るということを教えるために体育はあるので、そこをきちんと伝えてあげて、生徒それぞれにあった段階を踏んで指導していければ、きっかけを与えることはできるようになると思います。ただ、学校では、約1時間という限られた時間で一度に40名近くの生徒のことを見ないといけないわけですから、どうしても限度はありますよね。
目標を達成した瞬間にガラっと性格が変わったりということはないですけど(笑)やっぱり積極的になりますよね。
おとなしい子が元気になったり、ツンツンしていた子が穏やかになってくれたり。相手が子供ですから、途中で泣き出しちゃうこともありますし、手が痛いからもう嫌だ、と言われてしまう時もありますけど、そこで踏ん張って壁をぶち破ることを教えてあげると、きちんと話ができて、挨拶ができるようになったりするんですよ。
意味のない時間はないということですかね。僕はホントに子供のころ体育が苦手な子供でした。
だけど今はこうして子供たちに体育を教えてるわけです。これって少し矛盾してますよね。何で自分ができなかったのに、今この仕事をしているんだろうと考えると、そこに使命があって、それに気づいたからなんです。僕は最初運動ができなかったからこそ、今目の前でできないでいる子供たちと同じ気持ち、同じ目線になれる。もし僕が小学生のころからバリバリに運動できていたらきっと違うところで違う仕事をしていたと思います。