「教育が人を創り、人が社会を創る~これから必要な教育システムとは~」
株式会社キャリア・ナビゲーション代表取締役社長 / 長嶋哲夫
中高陸上部で、足は速かったです。スポーツが好きで、将来はスポーツで生きていきたいと思っていました。しかし、周りがどんどん速くなっていき、自分ではついていけなかったのです。それで大学入学後、目的も何もなかったですが、大学1、2年生になると何もしていない事に気づき、何かやりたいなと思いました。実は中学生の時から父と格闘技をテレビでよく見ていた事もあって、格闘技に興味がありました。そしてボクシングの試合を見に行った時にとてもカッコ良くて、自分もこうなりたいなと思いました。今思うと人事でも格闘技でも何でも良かったのですが、当時はスポーツが好きで、格闘技を始めました。大学は化学科だったのですが、サークルなどには入らずに研究とボクシングのみでした。
学校のテストと違って、やればやるだけ結果がでるというわけではないのがボクシングです。練習してもやられる時はやられますし。ボディーブローで倒れる時は本当に情けないですね。顔を殴られてもないのに倒れる、これは単純に腹筋を鍛えてないので情けないです。相手との相性など色々な要素があって、自分の意思とは無関係にこうしたいという目標があっても成し遂げられない壁に何度もぶつかりました。陸上もそうでした。だからスポーツの世界はとても厳しいものだと思いました。それでも負けたくなかったので卒業してからも続けました。大学院まで出て、研究はしっかりやりました。20代はこれを突き抜けてやりたいなと思っていたので、24歳で卒業した後も続けていたのですが、26歳の時に怪我をしたので結局続けられなくなりました。肩の筋肉が弱くて脱臼してしまったのです。それで就職せざるを得なくなり、26歳で初めて就職しようと思いました。毎日ロードワークをしていたので、とにかく筋力だけは半端じゃなかったですよ(笑)
とにかく自分がここまでやろうと思ったことやり抜いただけですね。ここまでは絶対に諦めずにやろうと思っていたので、勝っても負けても自分のここが足りなかったなと思うところがあれば補っていました。振り返れば何が足りなかったのかは分かります。例えば、ジャブが弱かった、腹筋が足りなかった、足が足りなかったなど、敗因としてあるので、詰めが甘かった部分を見直していました。僕はボクシングと会社の運営の関係って実はすごく結びつくと思っています。
ボクシングも経営も毎日が試合なのです。戦わないと負け続けていきます。練習をしないと負けるし、本を読まないと置いていかれるし、同時に実践もしていかないとお金は入ってこないのです。しかし、会社は居るだけで給料は貰えますよね。そこが大きく違います。経営は、自分の欠落している部分が如実に出てしまいます。サボっている部分が表れてしまうのです。自分の欠如している部分っていうのは生徒もできないのだと知りました。うちのスクールから他の企業の説明会に参加した生徒がいたのですが、御社の生徒は横柄だと言われてしまったんです。自分は凄いって勘違いする人が多いんですよね。PSFにいるだけで凄いと勘違いしちゃう子がいるのです。『君は特別なんだよ』ってそんな事を言った覚えはないのですが、私がそう接しているのだなと反省しました。例えば、自分の学校に戻って、就活に悩んでいる人を見て、自分は長嶋さんの話を聞けて一歩先にリードをしていると思ってしまうのです。そうではないんですよね。その悩んでいる子は私と知り合わなくても社会に出て凄くなる可能性はあるじゃないですか。たまたま知り合っただけなのに、自分は最先端みたいに勘違いしてしまう。受けている環境が凄いのではなく、出すことができる成果が凄いのです。つまり、成果基準で考えてくれることが大切ですよね。環境が凄いから自分は凄い!大手に受かったから自分は凄い!みたいな。そういう子を見ると、それは違うだろ?君に一体何ができるのか?と言いたくなります。成果基準で物事を考えていかないとダメです。そういう意味でボクシングと通じるものがあって、ボクシングをやっているから凄いのではなくて、成果を出さなきゃ意味がないのです。世界チャンピオンにならなきゃ稼げないですから。日本チャンピオンでさえもファイトマネーは100万円いかないくらいですからね。しかも試合は3ヶ月に一回ですよ。月収に直したら30万円ちょっとで、普通のサラリーマンと同じですよ。経営をするようになってから20万円を稼ぐのがこんなに大変だったのかとお金のありがたさを知りました。
私に関して言うと、会社を辞めて勢いそのままに1ヶ月で会社を作りました。理想はありましたが、現実はそこにありませんでした。理想をぶつけて崩れていく日本人って多いじゃないですか。まさに自分もその1人でした。ただ1つだけ、起業する前に上司に教えて頂いたことがありまして、何かあった時に自分が何故起業したのかということに立ち返りなさいと。それだけはずっと肝に銘じています。最初は本当に辛くて、お客様に関しても仁義を通そうと思っていて、お客様を前の会社から引っ張ってくることはしなかったです。ゼロから全部やってやろうと思っていました。頼る人もいなくて、10万円20万円でも最初は売り上げるのが本当に大変でした。だから最初の1、2ヶ月なんて収入はゼロです。ただ、奥さんがいたこともあり、生計を立てなければいけなかったので昼は営業をして夜はカラオケのアルバイトをしていました。アルバイトは夜勤を週5日でやっていたので、15万円から20万円は稼いでいました。体はボロボロでしたがやるしかありませんでした。しかし、そこで負のサイクルに陥ってしまったのです。夜勤である程度収入があったので甘えてしまい、退路を断つことができませんでした。毎月15万円は入る、みたいな安心感があったのです。これは起業家として良くないと思い、結局は昼間の営業に集中することにしました。そうすると次第に、当時ボランティアとしてやっていたことが契約に結びついたりしました。大学のキャリアセンターや企業向けの教育などですね。1年間はボランティアとしてやっていましたが、2年目からは向こうサイドから、より責任や裁量権のある仕事をやって欲しいとのお声がかかり、2年目以降は年に500万円から600万円程の契約を頂けるようになりました。そこからは本当にありがたいことに紹介が多かったですね。全部切ってしまったお客様がとても良くしてくれて、その結果仕事として安定して困らなくなってきました。最初の1年は自分の思いだけでやり、現実的に儲かりそうにないから止めようかなという思いもありました。しかし、自分を支えてくれるお客様や、見捨てないで周りで支えてくれた人が多かったのでなんとかここまでやってくることができました。