「崖から飛び降り、落ちるまでに飛行機を組み立てる」
株式会社Seibii / 代表取締役社長 千村真希
実を言うと、大学生のときに休学してチュニジアに一年ほど滞在していたんです。もともと海外に興味があったし、ここでしかできない経験を積もうと思って。現地の日系企業の方々にも頻繁にアポを取り、インタビューさせてもらっていました。そうしたなかで「ビジネスを軸に何か大きな社会貢献や価値を生み出したい」という気持ちが芽生えたんですよね。
それで卒業後は三井物産に入社し、金属資源本部へ。僕にとってラッキーだったのは、新人時代から比較的少額とはいえ一つの案件を自分で最初から最後まで動かせたことです。契約書、見積もり、在庫管理、価格決定、納期調整……商売に欠かせない一連の流れをトータルで経験できました。さらに海外にもよく行かせてもらえて、交渉や異文化理解といった実務面のスキルも鍛えられたと思います。
ただ、大企業で仕事をするほど「よりダイナミックにチャレンジしたい」という思いが強くなっていったんですね。自動車業界をテーマに起業をすることは決めている中で、自動車整備業界の課題を耳にして「これは大きいぞ」と感じました。少子高齢化でもっと整備士が不足する、車の技術革新も進む……そんなテーマにまさに社会的インパクトがあると。そこで思い切って起業を決意し、2019年にSeibiiを立ち上げたというわけです。
もうめちゃくちゃ活きてますね(笑)。まず、交渉力や価格設定の考え方、本当に基礎的なビジネススキルは商社で相当叩き込まれました。しかも、社内外の調整や稟議の通し方など「大企業の動かし方」を身近に学べたのも大きいです。スタートアップが大手企業と組むときって、どうしてもスピード感や手続きをめぐって壁にぶつかりがちなんですが、商社での経験があるおかげで比較的スムーズに連携を進められたケースも多いですね。
また、海外との交渉を経験したことで、「相手が何を求めているか」を察する力を身につけられたと感じています。自動車関連事業者の方とのミーティングでも、先方が抱えている課題を聞き出して、それに対してどんな解決策を提案できるのかを考える、というプロセスが自然と身についているんです。それらはSeibiiの現在の事業拡大や新規サービス立ち上げにもダイレクトに応用できています。
僕が常に意識しているのは、「経営は実行することがすべて」という考え方ですね。アイデアやプランはいくらでも描けますが、実際に手を動かして形にしてみないと何もわからない。ただ、もちろんやってみたら失敗することもある。それを慌てず、いったん受け止めて「じゃあ次はこうしよう」と試行錯誤を続けることこそがスタートアップの醍醐味だと思うんです。頭で考えただけでは得られない情報がたくさんあるので、とにかく行動するのが大事ですね。
もう一つは、「神は順番に宿る」という言葉が好きなんです。いきなり100点満点を狙うのではなく、小さな成功や実績を積み上げながら少しずつ前へ進む。たとえば最初は“出張整備”の領域で徹底的に信頼を勝ち取って、そこから法人向けのフリート整備や車検管理サポートサービスなど新しい事業に拡張してきました。慌ててあれもこれもと手を広げるより、着実に成果を重ねながら次のステップに進む。その順番を大事にすることで、結果的に大きな飛躍ができるんじゃないかと思うんです。
そして最後が「熱量と覚悟」。「起業とは崖から飛び降り、落ちるまでに飛行機を組み立てるようなもの」とLinkedInの創業者リード・ホフマンが言うように、実際、起業というのは、崖から飛び降りたら、急に雨が降りだしたり強風が吹いたりもする。落下している途中でよく見たら飛行機の設計図が未完成だったり、崖の上に工具を忘れてきたことに気づいたりもする。そして、なんとか組み立てた飛行機が急浮上させなければならない。本当に大変だけど、その分だけ面白いし、やりがいがあります。整備業界を支えている整備士や車を必要としているお客様のことを考えれば、簡単に諦めるわけにはいきません。そういう覚悟と想いこそが事業を創る上では不可欠だと思っています。