しなやかに生きる
株式会社ティ・シー・クリエーション / 松山 隆幸
僕は慶応の理工学部で化学をやっていました。 4年間研究研究の毎日で、大学院2年間も化学をやっていて、そのまま企業の研究室に入るというコースが決まっていました。それがある友達との出会いで狂っちゃって起業する事になりました(笑)。縁だよね。いまだに彼とは繋がっています。彼はアメリカ人で、今はアメリカにいるんですけど時々Facebookでメッセージのやり取りします。
僕自身就職したことが無いんですよ。だから今の学生さんが就職できるかどうかで不安に思っていることが僕には理解できない(笑)就職は過程にしか過ぎないから、あんまり考えすぎる必要はありません。
せっかく大学4年間ある中、2年間を就活のために過ごすというのは、学生の生き方としてもったいないと思うんです。僕なんかの年代になって思うのが、学問やってきた人とやってきてない人との差があるなということ。学問と言うのは、どこの大学を出たかということや、一生懸命教科書を勉強するということを指すのではなくて、歴史上にはいろんな偉大な人がいる訳だから、そういう人が残した文学とか、そういうものに触れるべきということです。僕は理科系だからとくに教養分野の必要性を感じます。じっくり腰を据えて物事を考えられる時間は、大学生の四年間しかないと思うんです。あらゆる時間・選択肢・好きな事がある学生時代に、就職活動に明け暮れて何もしなかったというのはもったいない。
採用時に優秀か否かということと、その学生が20年30年経ったときに企業の中でいい仕事をしているか否かということとの相関関係ってないと思うんです。それよりは大学で考え続けて自分で変化できた人の方が柔軟だし、実際そういう人の方が伸びている。僕らはバブル世代だから、あんまり深く考えずに就職した世代なんですよ。
今までは一つの会社に入ればどんどん昇進して給与も上がって、という男性的な生き方が主だったんですけど、今そういう生き方がしづらくなっていますよね。僕の場合、ずっと化学をやっていたので、30歳までは化学をやっていくんだろうなと、30歳過ぎたらまた違う人生あるんじゃないかなというのは何となく感じていました。自分でビジネスをやるとか会社を興すというのもその中の選択肢にあったので、突然起業することになった時もそんなに不安や葛藤はなかったです。
会社を興したくて興したくて、大成功したくて会社を興したわけじゃなくて、先ほど申し上げた、一緒に起業準備をしていたアメリカ人が「やはりこのビジネスは駄目だ」ってアメリカに帰っちゃったので、残された僕ともう一人のスタッフとで何とかこなして立ち上げた会社がスタートなんです。その会社が設立するまでの半年間は準備期間で、アルバイトで食べていました。僕は20代殆ど食えてないですよ。 起業と言っても、それまで大したビジネスやってなくて、大学院出たての若者が考えたビジネスプランにポンポンお金を出してくれる人はいません。『頭で考えたビジネスプランは駄目だな』ということがその時わかりました。何度も事業計画を作って、スポンサーになってくれそうな人に話をしたりしながら、修正を重ねました。出しては駄目、出しては駄目で3回目にやっと、「しょうがないか」という感じで通りました。当時は株式会社は300万円で作れたので、出資者に助けて頂いたり、親にも少しお金を出してもらって設立しました。