「自走型の人間であれ」
株式会社ボーダレス・ジャパン/鈴木 雅剛
2004年に株式会社ミスミに入社。配属2日目より新規事業開発を任され、2年半で売上高3億円超の黒字事業に成長させる。07年にミスミ同期入社の田口(現:株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役会長)と共に株式会社ボーダレス・ジャパンを創業。世界にほとんど存在しない「ソーシャルビジネスしかやらない会社」として、貧困、差別・偏見、環境問題等の社会問題をソーシャルビジネスで解決している。現在、世界6ヵ国7拠点8事業を運営中。社会を変える「本物のソーシャルビジネス」、「本物の社会起業家」とはどういうものなのか、を世の中に提示している。
ボーダレス・ジャパンは、世の中にほとんど存在しない「社会問題を解決するソーシャルビジネスしかやらない会社」です。現在8つの事業を5ヵ国6拠点で展開中です。例えば、バングラデシュで革製品を生産、国内で販売したり、ミャンマーでハーブを栽培し、それを使用したナチュラルケア商品を販売しています。革製品事業は、バングラデシュの都市部で貧困に苦しむ人々が安定、安心して生活できるだけの収入を得られるようにすることを目的としています。革製品の製造工場を設立し、1年ちょっと経過した今では、貧困問題に苦しんでいた180人以上が、技術を持つ職人として力を発揮し、他の向上にくらべ1.5倍以上の収入を得ています。今後半年で300人以上の工場にする予定です。もちろん、工場を作っても商品が売れず、彼らが安定的に収入を得られる状態がなければ意味がありません。継続的に高収益が出せる状態を創ることで、彼らの収入を更に伸ばしていきたいと考えています。そのためには、「新しいマーケットを生み出し、そこで常にナンバー1で居続ける」必要があります。現地で”正しい”雇用を生み出し、貧困に苦しんでいた人々がしっかりと生活できるようになる、かつ、ビジネスのプロとしてお客様にも喜んでいただく。この両方をなしえるのがソーシャルビジネスであり、それに取り組んでいるのが私達、社会起業家です。今は海外の貧困問題に取り組む事業が多いですが、今後は国内含め、差別・偏見、農業や環境破壊の解決のための事業をスタートしていく予定です。
「貧困、環境破壊、差別・偏見など、世の中の多くの社会問題を解決したい。」という想いから、株式会社ボーダレス・ジャパンを設立しました。代表取締役会長の田口は、学生時代にTVでアフリカの栄養失調の子どもたち現状を観て衝撃を受け、その時に「貧困の問題を解決すること」に人生を懸けようと決めました。そこから彼は様々なNGO、NPOなどを訪問し、さまざま話を聴きましたが、そこには共通する問題がありました。それは「資金がないから続けられない」というもの。いくら良い事をしていても、継続性も発展性もない。これでは世の中にインパクトは与えられません。そこで、「社会問題の解決には、収益を上げつつ継続的に問題に取り組めるビジネスモデルが必要である」と考え、ソーシャルビジネスを用いて解決する道を選びました。 一方私は、学生時代のアルバイト経験から「一生懸命働く人とそうでない人の差は何なのか」ということに大きな疑問を抱いていました。電車に乗れば、やる気のない疲れ切った顔のサラリーマンばかり。人生の大半を費やす「働く」ということがつまらないものだとしたら、それほど悲しいことはないですよね。そこで「将来は自分の会社を作り、仲間が生き生きと働ける環境を創りたい。世界で一番働きたい会社を創ろう。」と決めました。事業の実力をつけるために自分で塾を経営してみたり、モチベーションの研究をしましたが、そんな”ままごと”レベルでは実力もお金も足りない。速く資金を貯め、力を付けてスタートしたい、と就職活動をしました。 そんな中、私と田口は、前職の内定者同士として知り合い、一緒にやった方が互いの想いの実現スピードが間違いなく速くなると確信し、共に起業することを決めました。
私達は資金を貯め、実力をつけるために、新卒で株式会社ミスミに就職しました。新商品開発や新規事業立ち上げなど様々な仕事を通して、各事業に貢献しました。「3年で辞める」と最終面接で宣言した上で入社した田口は、1年目が終わった時点で「ここで学べることは分かった。2年目が終わったら自分の事業をスタートする」と言って、事実2年で退職し、先にスタート。私は新規事業の立上げをしていたので、その引継ぎをして2年半で退職し、合流しました。 私たちは起業する上で、全て自己資金で設立することにこだわりました。外部資本をいれてしまうと、出資者の意向を尊重しなければいけない。これまでの一般的な企業とは異なり、社会問題を解決するための事業をやっていく時に、既成概念で「こうしろあーしろ」と横槍を入れられたくなかったんです。いまだに出資の話は多々ありますが、すべてお断りしています。今、私たちがソーシャルビジネスに没頭できているのも、このこだわりを持ち続けたからだと思います。