自己理解が導くインサイトで、大企業に勝つべくして勝つ
株式会社ココナラ / 創業者 現・取締役 南章行
慶應義塾大学卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)に入社。2004年に企業買収ファンドのアドバンテッジパートナーズに転職。 2009年には英国オックスフォード大学経営大学院(MBA)を修了する。 帰国後、NPO法人ブラストビートの設立や、NPO法人二枚目の名刺に参加。 2011年、株式会社ウェルセルフ(現株式会社ココナラ)を設立し現職。
我々は、個人が誰でも自分のスキルに根ざしたサービスを売ることができるスキルマーケットサービス『ココナラスキルマーケット』を展開しています。特徴としては、直接会わずに納品まですべてオンラインでやりとりできる点で、全国どこに住んでいても、自分の知識やスキル・経験を誰かに売ったり、困ったときにお願いしたりすることができます。
今はそのメイン事業がかなり伸びてきたので、それをベースに様々な事業を展開しています。我々は、誰がどういう特殊なスキルを持っているのかという巨大なデータベースを持っているので、それをもとに企業さんに色々な形で、人材を紹介することが可能です。そんな事業も、拡大戦略の中で展開しています。
明示的にあったわけではありませんが、データベースが重要なアセットになるという感覚はありました。ただ、創業準備中に将来の多角化の絵を綺麗に描けるかというと、そんな簡単にはいかないんです。なので、そこはあえてラフに、データベースやブランドが多角化の必要条件であるという概念だけを持っていました。
まず、データベース。我々はスキルだけでなく、困り事のテキストデータを膨大に抱えています。モノのECの世界であれば、消費活動から人物像を類推しますが、ココナラにはユーザーの生の情報が集まります。もちろんプライバシーの問題で、この巨大なデータをダイレクトに広告に利用することはできませんが、データとしては存在しているので、「個人を特定しない形で何か使い道はあるのではないか」という意識はありました。
次に、ブランド。メインの事業で知名度や信頼を獲得した後、多角化を目指すときに、ブランド名が使いやすいものになっていたり、狭くなりすぎていなかったり、ビジョンが体現されていたりというのがすごく大事だと、私は思っています。「ココナラ」と聞くと、抽象的で一見何の意味もないようにみえますが、「ここなら、◯◯できる」という括りやすいブランド名になっているんです。この適度な抽象度があるからこそ、「ココナラ◯◯」と横展開しやすくなっています。どう多角化するかはわからないけれど、創業時から「ビジョンに連動して、かつ横展開しやすい名前にしよう」という設計はしています。
サラリーマン時代に感じた違和感が、ひとつのきっかけになっています。前職では、企業買収の仕事をしていたのですが、『この業界で勝つためには、色々なことができた方がいいから、次はこれをやろう』と、フィードバックをもらったことがあります。そのとき、歯を食いしばりながら、自分にとってハードルの高い苦手なことを、身につけてることに疑問を覚えました。そこで、自分の得意をもっと活かせる場所を考えた結果、社長がみえてきました。
私の場合、自己実現欲求と社会実現欲求の種類が偶然似ていたんですよね。個人としては、誰かの下でやるよりも、自分の得意やカラーを発揮していった方が生きやすいという感覚が強くありました。その結果、行き着いた社長業で、今度は「みんなが自分らしく生きられる社会」づくりに貢献したいと思うようになり、巡り巡って今のココナラになりました。
もし仮に、私の思う理想を追求している会社があったとしても、私はそこに入らないと思います。なぜなら、自分が社長やりたいという自我が一定ありますし、自分が見たい社会を完璧に追求している人が存在するとは思っていないからです。自分の理想は、私自身が1番見えているので、自分でやったらいいという感覚で起業しました。
活きてないことはないですが、前職の経験が活きるのは結構後のフェーズなんですよね。
起業に限らず転職もそうで、仕事を変えるときに重要なスキルの1つが「アンラーニング」で、「過去やっていたことをいかに捨てられるか」だと考えています。過去やってきたことだけを生かそうとしても、それは今の環境に馴染んだだけで、新しいものを得られていないので、以前と何も変わりません。これを転職のたびに繰り返して、結局キャップが一緒の人生になるのがオチです。むしろ「前職の経験なんか1ミリも役に立たない」くらいの気持ちでやって、 虚心坦懐にその業界・事業で必要なことを0から発見し、学び、覚えていくことが肝心です。そうしているうちに、段々と前職の経験が掛け算的に活きてきて、初めて価値が出てきます。
今となっては、銀行やファンドでの経験が活きているという実感がありますが、創業間もない頃は、前職の土台をいかに捨てられるかということばかり考えていました。スーツは2度と着用しないというような形も含めて、スタートアップ的に染まろうとしたのが、すごくうまくいったと思っています。